「おい!」
私は小さく叫んで、グレコのあとを追おうとした。が、彼と私とでは身体の大きさが全然違う。グレコが通り抜けた隙間に、私は顔も入れることができない。
仕方なく、私が通れる隙間を探し、音が遠ざかっていった方向へ、入り組んだ配管や構造躯体の間を降りていった。
封鎖された区画を警備している警官に見つからないに越したことはないから、なるべく音を立てないように注意した。大声で呼ぶこともできないから、グレコを見つけるのにかなり時間がかかってしまった。
彼は、壁から壁へブリッジのように伸びた配管の上に寝そべって、下へ手を伸ばしていた。その先に、ねずみサイズの平たい箱がぶら下がっている。箱をくくった紐の端が、配管の継ぎ目に引っかかっているのだ。
ちょうど私の手が届く位置だったので、引っかかった紐をはずしてやった。
グレコは礼をいって箱を受け取った。私と目が合うと、彼は気まずそうな顔になった。
「あのサボテンのマスコット、落っことしちまった」
「なんだって。なんてもったいないことを」
「売ってる店はあとでちゃんと教えるよ。でも、そのかわりにこれを見つけたからよかったぜ」
「こんなときに拾い食いか」
その箱が、140階の飲み屋街にある「ノギス寿司」の折であることは、包装紙でわかった。
「ちげーよ!」
グレコは憤慨し、上を指差した。
「ここはロスコがいるところの真下だ。それにほら」
そう言って彼は、箱の裏にスタンプされた数字を示した。昨日の日付だった。
「ロスコは、飲んで帰ったときは、よくここの寿司を買ってきてくれた。これはきっと、ゆうべロスコが落としたんだ……」
グレコは、何か異常な事態に巻き込まれてしまったらしい養い親と過ごした日々を思い出したのか、寿司折を胸に当てて目を閉じた。
「うあっ」
とつぜん大声をあげて、彼は目を見開いた。
「なんだ、これ」
グレコが呆然とつぶやいたとき、上の方がバタバタと騒がしくなった。
「そこに誰かいるのか?」
誰何(すいか)の声とともに、強力な懐中電灯で照らされた。その光を直視してしまったグレコは、バランスを崩して配管から滑り落ちそうになった。
「危ない!」
私は手を伸ばす、
乗り出した上半身の重みが柵にかかる、
錆びた柵がポッキリ折れる。
とっさに下を見る。
ちょうどそこは配管の隙間が縦穴のようにあいている場所で、何の障害もなく落ちていけそうだった。
どこまで?
……海まで。
伸ばした手のひらに、ぽふ、と柔らかいものを感じた。
グレコを受け止めることができたのだ。
ホッとした瞬間、私の体は自由落下をはじめた。
この配管が入り組んだ中で、風切羽を広げることはできない。
七つ道具のロープを取り出そうとしたとき、グレコをつかんだ手から頭の中まで、電流のような衝撃が走り、視界が真っ暗になった。
グレコのやつ、なんだってこんなときに接触テレパシーを!
暗闇の中に、透き通った青い炎があらわれた。
たちまちその炎は大きくなっていき、やがてひとつの形になった。
その形には見覚えがあった。
「……ノルアモイ……」
私は恐れとともに、その名を口にした。
(第六話へつづく)
(by 芳納珪)