ジョーは夜ごと、他の猫たちの縄張りを荒らしては、因縁をつけてくる相手をコテンパンにぶちのめした。その所業は路上に知れ渡るようになり、ついにある夜、いくつかの猫集団がジョーを懲らしめるために集結した。
受けて立ったジョーは、襲いかかる路上猫を次々に投げ飛ばした。ジョーの強さに圧倒された猫たちは、もともと各集団が反目していたこともあって、お互いに罵倒を始め、やがて大乱闘となった。
騒ぎを聞きつけて警察が来た。路上猫たちは乱闘をやめて一斉に駆け出したが、逃げ遅れた者が次々に捕まった。そのとき三人を相手にしていたジョーはわずかの差で逃げ遅れ、警官に捕まってしまった。
逮捕された猫たちは留置場に入れられた。喧嘩騒ぎの興奮が収まってきた頃、一人ずつ呼ばれ、調書を取られたのち解放された。
ジョーは騒ぎの中心にいたためか、最後に呼ばれた。
付き添いの警官に促されて部屋の中に入ると、中央に一つだけ、簡素なテーブルが置いてある。その向こうにいるのは、精悍なマスチフ人警官だった。
警官はジョーに、これまでの路上猫から聞き取った内容をまとめた調書を示した。
「ここに書かれている内容で間違っていること、及び付け加えることがあれば申告しろ。問題がなければここに住所と氏名を書け」
ジョーはさっと目を通しただけで、署名した。用紙を受け取って確認した警官は、ふんと鼻で笑った。
「ジョーか……偽名だな」
「だったら何だというんだ」
ジョーは、きいきいと軋むパイプ椅子にふんぞり返って答えた。警官が、ピクリと手を震わせて彼を見た。
「ほう? 普通はそこで逆上するもんだがな。面白いやつだ」
「タバコを吸ってもいいか」
「だめだ。帰れ」
「へえ。もう終わりかい。意外とつまんねえな」
「減らず口たたくな。二度とそのツラあ俺に見せんじゃねえ」
ジョーは立ち上がった。合わせて警官も立った。マスチフ人の背丈はジョーの1.5倍はある。それに対峙して、わざとらしく睨むのではなく、まっすぐに堂々と目を見据えた。
「俺の名前は教えたのに、あんたの名前は教えてくれねえのか」
マスチフの顔に刻まれたいくつもの深いシワがわずかに波打って、意外そうな表情を作ったように見えた。
「言われてみるとそうだな。俺はサムだ。ちゃんと家に帰れよ」
警察署を出ると、ジョーは歩きながらタバコに火をつけた。夜明け前の街路には、いっぱいゴミが散らかっている。いつもなら、その中に何かいい物がないかと探すのだが、さすがに今日は疲れていた。
入り組んだ路地の角をなんども曲がり、空き家の外壁を駆け登って、構造躯体の隙間めがけて跳躍する。さらに進んでいくと、廃材が立てかけてあるとしか見えない小さな扉があり、それを開けると、落ち着いて読書をするのにちょうど良いような空間が現れた。
壁がわりに積み上げられた様々な大きさの棚には、ぎっしりと本が詰まっている。床には色あせた高級じゅうたん。スイッチを入れると、部屋の真ん中に吊り下げられた魚の形のランプが灯った。
部屋が明るくなった瞬間、ジョーは身構えた。全身の毛を逆立て、威嚇の姿勢をとる。
胸の奥から湧き上がる「うー」という唸り声に相手が怯まないことがわかると、言語に切り替えた。
「……誰だ、お前は?」
(第四話へつづく)
(by 芳納珪)
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