〜〜〜 十二年前 〜〜〜
パンの耳で元気を取り戻したジョーは、ジャックを連れて、とある場所へ向かった。
その場所へ行くと、建物の前を念入りに掃除している青年がいた。長身で、全身真っ赤な羽毛に覆われた鷲人だ。
「あー、ちょっと尋ねるが、グレートイーグル探偵社ってのはここか?」
当時のジョーとしては精いっぱい丁寧に言ったつもりだった。
「そうですが、ご用件はなんでしょう?」
赤ワシの青年は怪訝そうな顔で答えた。
「おたくは秘密厳守なんだな」
ジョーが聞くと、青年は無言で看板を指差した。そこに書いてある、というわけだ。
「聞いてほしいことがあるんだが」
ジョーは辛抱強く食い下がった。青年はジョーの後ろにいるジャックをちらりと見ると、淡々と告げた。
「迷子なら交番へどうぞ」
ここでジョーはブチ切れた。
「んだとてめえ! 下手《したて》に出てりゃ調子ン乗りやがって、張ッ倒すぞ」
ジョーが巻き舌でタンカを切っても、赤ワシは少しも動じなかった。
「どうしました」
事務所の中から渋い声が聞こえた。これ以上低くなると、通常の聴覚では聞き取れないほどの音域だ。
赤ワシは奥を振り返り、戸惑い気味に言った。
「いえ、聞いてほしいことがあるというお子さん方が……」
奥の声は、赤ワシを越えてジョーたちに届くように、ややトーンを上げた。
「どうぞお入り下さい。当探偵社は相談無料です。もちろん、秘密厳守です」
ジョーは事務所の奥にいる声の主を見て、思わず感嘆のうめきを漏らした。
長身の赤ワシ青年がひよっ子に見えるほどの、堂々とした体躯の紳士がそこにいた。
青みを帯びた黒い顔、王冠のような飾り羽根。
グレートイーグルの名にふさわしい、立派な鷲人探偵だった。
〜〜〜 現在 山猫軒 〜〜〜
「それが、赤ワシ探偵と、彼の師匠であるブルー〝グレート〟ミッドナイトとの出会いでした。当時の私は、探偵というのは揉め事を解決する仕事という程度の認識しかなく、グレートイーグルは路上で評判を聞いたことのある唯一の探偵社だったのですが、結果的には最良の選択でした。グレートと相談して、ジャックは黒蛇団のクローン法違反の調査を依頼することにしました。本当はジャックの存在自体がその『証拠』なのですが、素人には証明できませんからね。グレートは調査の結果、客観的な証拠を押さえて、黒蛇団と交渉しました。そして、ジャックが黒蛇団を告発しない代わりに、黒蛇団は隠し財産をジャックに譲渡し、両者は今後いっさい関わりを持たないという取引が成立したのです」
ジョーは一息つき、これでお話は終わりです、と告げた。
カテリーナは満足した笑顔で、小さく拍手をした。
「たった一つの心残りはあのロールキャベツです。シマジは人の恐怖を利用することをよく知っていたので、料理に毒が入っていることをほのめかし、私はまんまとその作戦にハマりました。ですが、用意されていたご馳走は、本当にお礼の印だった可能性も残されているのです。あのロールキャベツは実際どんな味だったのだろう。もしかしたら、命をかけるに値するほど素晴らしい味だったかもしれない。今でもロールキャベツを見ると、当時を思い出して激しい葛藤が起きてしまい、食べることができません」
ジョーは心底残念そうな顔をした。それを見てカテリーナは吹き出した。
「命をかけるほどの味なんてあるはずがないじゃないの。でも、たしかにあなたがロールキャベツを食べるのを見たことはないわね」
ジョーは気まずさを隠すように目を逸らし、少し大袈裟に驚いてみせた。
「おや、もうこんな時間ですね。昔話にお付き合いいただいてありがとうございました」
「こちらこそ、面白いお話をありがとう」
〜〜〜〜〜〜
数日後、街を歩いていたカテリーナは、街頭テレビの前で足を止めた。そこに映っているものがなんとなく気になったのである。
画面の中のスタジオに対談のセットが設られ、人気のあるインタビュアーが、いかにも頭脳明晰そうな若者と向かい合って座っていた。若者の下に「Jiten Inc. 創業者/CEO」とテロップが出ている。
「ところで、『ジテン』という社名の由来はなんなのですか?」
インタビュアーが質問すると、若者は言葉を選ぶようにゆっくりと答えた。
「それを詳しく説明すると、本一冊ぶんぐらいの情報量になります。今お話しできるのは、私が子どもの頃に体験したある特別な出来事に由来しているということです。その体験で私は生まれ変わりました……」
カテリーナはあんぐりと口を開けた。
しばらくして彼女は、待って、と思い直した。
――この若者の容貌は、ジョーの話に出てきた「ジャック」の特徴とはまるで違うじゃないの。
そこでまた彼女は、いえいえ、とたった今の自分の考えに反論した。
――もしかしたら、出自を隠すために整形したのかもしれないわ。それに、ジョーも事実通りに話したのではないはずよ。現に「ジャック」という名前は仮名だったし……。あら、でも、そうすると「磁天」も本当は違う名前のはずよね。じゃあやっぱり Jiten Inc. は偶然の一致……?
結局、カテリーナの中で結論は出なかった。謎は謎のまま残しておくのも悪くない、と思うことに決め、彼女は再び歩き出した。
(おわり)
(by 芳納珪)
最後の最後、師匠のブルー〝グレート〟ミッドナイトとともに若き日の赤ワシが登場しました。このコンビの仕事ぶりもいつか見てみたいものです。
フラニカ書房、来週からしばしお休みをいただきます。またお会いできる日を楽しみにしております。
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