「鏡」
大鴉が、古道具屋に魔鏡を持ち込んだ。
「売った金で、孫にタブレットPCを買ってやろうと思ってね。こんな鏡よりもよっぽどいろんなことができるから」
「なるほど。動作確認させていただいても?」
店主にうながされ、大鴉はおごそかに呪文を唱えた。
鏡の中に、海があらわれた。
青い海原には無数のさざなみが立ち、うすぐもりの光をやわらかにはね返している。
沖合には小さなふたつの島がのどかに浮かんでいる。
何の変哲もない景色だが、奥行きと広がりがあり、手前の波からはしぶきが飛んできそうだ。
「問題ないようですな。買い取りいたしましょう」
何気ないふりを装いながら、店主の心はすっかり鏡にとらわれていた。
鏡の中の景色には、目を離せなくなるような不思議な魅力がある。
これを体験したら、液晶画面なんかペラペラのざら紙同然だ。
大鴉は、ほっとしていた。孫は納戸の奥から魔鏡を見つけ出し、そこに映る景色に魅せられ、部屋から出なくなってしまったのだ。
過ぎたるは及ばざるが如し。タブレットPCぐらいがちょうどいいのだ。
(版画・服部奈々子/おはなし・芳納珪)
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