第1回 「朋遠方より来たる有り、また楽しからずや」の続きは?

子曰く(しいわく)、学びて時に之を習う、また説ばし(よろこばし)からずや。
朋遠方より来たる有り、また楽しからずや。
人知らずして慍みず(うらみず)、また君子ならずや。               (学而編 一)

論語冒頭の第一節。最も有名な節の一つだ。時代劇で賢そうな少年が音読しているのは、たいていここである。だが、いつも最初の2文が終わったところで場面が切り替わり、3文目を聞くことはまずない。
残念ながら冒頭の2文だけを取り上げると、いかにも説教臭く、陳腐な言葉という印象を免れない。だが、そこに「人知らずして慍みず(うらみず)、また君子ならずや」が付け加わると、様相が一変する。

孔子は幼くして両親を亡くし、貧しい少年時代を過ごしたと言われる。様々な仕事で食いつなぎながら、独学で書を読み、詩、歴史、礼法などの知識を身につけた。有徳の王を補佐して善政を敷き民を安んじるという大志を抱き、職を求めて諸国をめぐるが、ほとんど用いられることはなかったらしい。
生活のために弟子を取り学問を教えたが、やがてそちらが本業となった。不思議なことに、弟子たちには諸国で登用され政治の道で活躍するものも多く、それらの弟子たちによって孔子の名は後世に伝えられることとなる。
「論語」も孔子本人の著作ではなく、弟子たちが孔子の死後に編纂した、師の言行録である。だが、生前の孔子本人にとっては、政治の大舞台で活躍する夢が叶わず、一教師として生涯を終えるのは、不本意なことであったろう。

公職についていないから、昔読んだ書物を取り出して「これを習う」時間はたっぷりとある。たまに訪れる昔の友人と、いっとき政治談義をするのは何よりの楽しみだったろう。
だが、世間の人々は誰も、在野の一知識人である孔子のことを知らない。
「そんなことで恨み言は言わないぜ。だっておいらは君子だからな」
君子はつらいのである。