【 生物学魔談 】魔の寄生・ロイコクロリディウム(1)

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じつは筆者は「生物学魔談」を開始するにあたり、「ヘタをすれば女性読者を失う」という危険性を恐れていた。なにしろ「虫が嫌い」という女性は世に多い。まして寄生虫の話など開始しようものなら、眉間にぐっと深いシワを寄せたけわしい表情で敬遠され、悪趣味な筆者だと思われ(実際そうなのだが)、以後は「魔談」という文字を見ただけでゴキブリを見たような生理的嫌悪感で二度と読んでくれないのではないか。そんな心配があった。それは困る。ホテルオーナーからもお叱りを受けそうである。なのでかなり慎重に言葉を選び、比喩ひとつ考える時も「ややジョークよりで」といった姿勢で書いた。

そうした配慮が功を奏したのか全く関係ないのかよくわからないが、少なくともFacebook反応を見るかぎりではおおむね好評で、「面白い」という声もあった。失敗ではなさそうである。そこで「第1話・第2話の反応を見つつ、この話をするかどうか決めて行こう」と保留にしていた話も書いてしまおうと思う。というわけで、生物学魔談・第3話。

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主役の名前はロイコクロリディウム(学名:Leucochloridium)。この舌を噛みそうな名前を何回も書くたびに頭痛が起きそうなので、筆者の勝手で以後は「ロイ」と呼ぶことにする。寄生虫である。

筆者は居住地を変えることにより、東京、大阪、名古屋の専門学校で講師を続けてきた。グラフィックデザインやMacを使ったDTPやアナログイラストレーションを教えてきた。教え子たちはみなイコール愛弟子と思っているが、その中でアメリカ人と結婚し、アメリカに渡り、カナダとの国境近くに住んでいる女性がいる。筆者を「REI先生」と呼び、こんな男のいったいどこが気に入っているのかよくわからないが、専門学校を卒業し、結婚してアメリカに渡り、5年たっても10年たっても手紙やメールやチョコレートをくれる。タバサという名前のひとり娘がいる。

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以下はアメリカで起った話である。
ひとりで庭で遊んでいたタバサ(5歳)が、走って家の中に戻って来た。やや興奮気味で「庭にカタツムリの宇宙人がいる」と告げた。ママは笑った。
「なんで宇宙人なの?」
見たこともないカタツムリで、目をギュルギュルと回転させながらタバサを見たという。ママは笑ったものの、ちょっと不気味なものを感じた。彼女は虫が苦手な上に、カタツムリやナメクジなど、ゾッとするほど嫌いだった。しかもその時点でアメリカでの生活にまだまだ戸惑いが多く、どんな動植物が周囲にいるのか全然知らなかった。この辺りには大きなカタツムリでもいるのだろうか。そこで気が進まないものの、大型の掃除機を止めて見に行くことにした。

ママの心配は半ば外れ、半ば的中した。それは巨大カタツムリではなかった。見れば殻の大きさが15ミリほどの小さなカタツムリだ。気抜けして安心したものの、よくよく見てギョッとした。通常、カタツムリの目は細く突き出ており、しなやかに優雅に動き、先端の目を指先で触るとスッと引っこむが、再び出てくる。しかしそのカタツムリの目は左右ともパンパンにふくらんだ状態で、しかも緑や黒の縞模様がまるで回転するようにグルグルと動いている。確かに「カタツムリの宇宙人」と表現するにふさわしい奇妙なカタツムリだ。

ママは急いで家に戻り、いつも玄関先に置いてあるオートマチックカメラを持って来て数枚撮った。撮影したものの、さてどうしたものやら、わからなかった。夫は国境を越えてカナダに出張中で、数日後でないと帰ってこない。考えたすえ、「そうそう。あの先生はこういう変な物が好きだった」と思い出した。そこでメール添付で夫と筆者にその画像を同時送信した。

添付画像を見た筆者はのけぞるような衝撃を受けた。「これは病気にちがいない」と思った。すぐに返信し、「絶対に触ってはいけない」と注意し、「突然変異とか新種発見の可能性もあるので、割りばしかなにかでつまんでビンに入れておけばいい」と助言した。そしてその写真を別の友人に転送した。蝶の写真を撮影するのが趣味のセミプロ男で、撮影のためにしばしば単独で台湾に行く。じつは筆者と出会って友人となったのも、台中の夜市で酒を飲んでいた時のちょっとした事件がきっかけである。機会があれば(すでにその出来事を描き始めている)魔談に出すつもりでいる。

果たして彼は即座にわかったらしい。迅速な反応があった。筆者は「ロイコクロリディウム」という悪魔召喚の呪文のような奇妙な名称を初めて目にした。
・・・・・・・・・・・・・・・・…( つづく )

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