「サスキ氏の黄色い一日」試し読み~『五つの色の物語』(ホテル暴風雨絵画文芸部)より~

こんぺんは! 今年は子(ねずみ)年でしたが、マウスではなくマスクが世界的に大活躍する年になってしまいました。私は相変わらず、絵を描いたり文を書いたりして過ごしております。

さて、みなさん、この「絵を描き、そして、文を書く」という人を絵文人(えぶんじん)と呼ぶことをご存知でしょうか? そして、ホテル暴風雨に滞在中の執筆者の中で絵文人たち5人が集まり「ホテル暴風雨 絵画文芸部」という部活を結成していることをご存知でしょうか? かく言う私も部員の一人なのです。

私たち部員が、このコロナ禍で一度も会うことなく、リモートでディスタンスな関係を保ちつつ2冊目の本を仕上げ、2020年11月に刊行しました。『五つの色の物語』という本です。

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私は、〈黄の物語〉を担当しています。黄色のイメージがあふれる脱力ファンタジーです。主に犬派の方に読んでいただきたいお話ですが、猫派でも問題ありません(多分)。ちなみに、主人公のサスキ氏は、「ホテル暴風雨 絵画文芸部」の1冊目の本『エブン共和国~幻惑のグルメ読本~』に登場する人物と同じです。

今回は、〈黄の物語〉の冒頭を試し読みとして掲載します。リモート飲み会の合間のツマミ、もしくは試飲として、是非ご覧くださいませ。


「サスキ氏の黄色い一日」 浅羽容子



朝から予兆はあった。曙光が射す空には、雨上がりでもないのに見事なアーチ型の虹がかかっていたのだ。しかも、それは通常の七色ではない。濃い黄色から薄い黄色まで、美しい七段階の黄色のグラデーションに分かれた「黄色い虹」である。私は目が抜群に良いし、錯覚とは考えられない。窓の外には、早朝のランニングや散歩をする人々も見えたが、誰も虹のことなど気にも留めていない様子だ。
「この町では虹は黄色いものなのか……」
 私は呆然として黄色い虹を眺めた。この甘蕉町(かんしょうちょう)に転勤してまだ一週間。「あの町は独特だから」と言っていた前任者の言葉を思い出す。「独特」とはこういった事柄を指すのだろうか。ざわりと鳥肌が立った肌は心なしか黄色かった。新しい土地、この甘蕉町で私は果たしてうまくやっていけるのだろうか……。
 まだ馴染んでいない一人暮らしの部屋の窓辺で、黄色い虹を眺めながら物思いにふけってしまったらしい。いつのまにか黄色い虹は消え、太陽が上がってきている。私は正気に返った。
「あ! まずい! 遅刻だ!」
 キッチンにあったバナナを朝食代わりにと片手に持ち、最寄りのバス停まで急ぐと、すぐに甘蕉町営バスがやってきた。黄色い朝の光の中から現れた黄色い車体のバスに乗り込むと見覚えのある運転手の黒かった髪が見事な黄色に変わっていた。
「おはよぉございまぁす」
 愛想よく挨拶してくれるが、派手な髪色が気になって仕方がない。黄色い頭髪の運転手――イエロードライバー――の後ろの席に座った私はすぐにあることに気がついた。本来無音のはずのバス車内に微かに音楽が流れているのだ。前方の運転席から聞こえてくるその曲名は、「イエローサブマリン」。別の惑星でヒットし、この星でも人気となった陽気なナンバーである。しかし、なぜ今日に限って車内でかけているのか。小さく漏れ聞こえてくるとどうも落ち着かない。やがて曲は終わった。しかし……
「♪♫♬♪♪~」
 すぐにまた曲が始まってしまった。しかも、またもや「イエローサブマリン」である。そして、その曲が終わると、その次の曲も「イエローサブマリン」であった。その一曲だけをリピートしてかけているのだ。エンドレスでイエローサブマリンを聞かされ続けた私は、耳の中がモゾモゾとこそばゆくなるのを感じた。そっと指を耳の中に入れると、爪に何かが引っかかった。釣られるように出てきたのは……

――――つづく

続きは『五つの色の物語』(ホテル暴風雨絵画文芸部)でご覧ください。

『五つの色の物語』について、他の収録作品など詳しくはこちらのページを。

『五つの色の物語』収録の他の作品の試し読みページは↓こちら↓です!(順次掲載予定)

<赤の物語>芳納珪 / 服部奈々子作 「塑界の森」

<緑の物語>クレーン謙作 「緑色のあいつ」

<白の物語>松沢タカコ作 「Confession of Love」

<青の物語>斎藤雨梟作 「はじめの青い海」

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