誰かのために 第十九話

山形鉄道のもっちぃ駅長

【第十九話】

「わかったよ。でも、一つ条件付けてもらっていい? 君んとこ、一旦停止してる地域通貨のアプリだっけ、あれ再開するんだって?」

松野はそう言うと、竹林に問いかけた。

「ああよく知ってるね。そうそう。……あれ? 結局、来月の中旬になったんだっけ? 梅木さん」

「はい。そうです」

「うちの町ではね、人にいいことすると思いやりポイントってのが貯まって、いずれ町で使えるお金になるのよ。まあ金額は少ないんだけどね。人に優しくしたら自分にもいいことがあるって、なかなかいいアイデアでしょう? ふふ。今度再開するのは、それを管理するアプリなんだって」

「あー。いいねえ。確か竹林さんの公約だったよね?」

「そうそう。一回始めたんだけどね、ちょっと不具合出ちゃって、止めてたんだよね。それがね、やっと再開するの」

「そりゃおめでたいね。式典とか、やらないの?」

「そうね。正式な再開は新年度なんで、その時はやるよ。確か大臣来るんだよね? ね、梅木さん」

「……町長!」

梅木が小声で竹林を制する。

「聞こえちゃった。大臣来るの? すごいね。でもなんで?」

「あれ、なんでだっけ? 梅木さん」

「いえいえ。問い合わせがあっただけですよ、何も決まってません」

「なあんだ。そうなの。新年度ということは4月以降? じゃ今回はしないの?」

「今回はしないよね」

「なんで? やろうよ。めでたいじゃない。今度大臣来るなら、警備とかの予行練習にもなるじゃない。でさ、そのおめでたい席に、僕も参列させてもらえないかな? さすがに本番のほうは申し訳ないから、そのプレのほうに。来月なんでしょ?」

「うーん。でもなんで松野さんが?」

「別に出たがりで言ってるんじゃないよ。そこでさ、互いを思いやるようなこと言えば、アプリの宣伝にもなるし、和解のアピールにもなるし、一挙両得だと思ったんだよ」

「それいいかもね。さすがだね、松野さん。どう? 梅木さん」

「はあ……」

「あれ? あんまり乗り気じゃないみたいね、そちらの秘書さん」

「そんなことないでしょう。梅木さん、やろうよ。松野さんの言う通りだよ。いいパフォーマンスにもなるよ」

「そうですね……」

「正直僕もさ、ちょっと脅かされたからって、すぐ被害届を出すような弱い人間だとは思われたくないんだよね。差出人が見つかったとしても、大した罰も受けないでしょ? 被害届出すのって、僕にとってデメリットの方が多いと思うんだ。でも、被害届を出した後、その式典での和解する感じの写真なんかがあれば、一件落着感ってのかな? 出ると思うんだよね。その時に犯人が捕まっていれば、なおいいよね。竹林さんと僕が握手でもしてる絵があれば〝そっちの町の人が僕にひどいことしたけど許すよ〟って、僕の懐の広さ?みたいなものも見せることができるじゃない?」

「うんうん。いいよ。そうしよう。ね、梅木さん、そうしよう」

「……ちょっと持ち帰って、検討させて頂けますか?」

「いや。持ち帰って検討なんて言わないでよ。僕もそんなに暇じゃないんだよ。今決めてくれないと、スケジュール的に厳しくなったりするし。そちらのアプリの再開を祝う式典に、僕が参加する。その条件をのんでもらわないと、僕は被害届は出さないよ」

松野一はそう言って凄んでみせた。梅木浩子は頷くしかなかった。

「いやあよかったねえ。ありがとう、松野さん。これでいいほうに進むよ。後は、早く犯人が見つかるといいねえ」

「いやいや。僕もいい話に参加できることになってよかったよ。じゃ、そろそろいいかな? 次の約束があるんで」

「ああ、もちろん。じゃ、今日はこれで失礼するよ。またいろいろ決まったら、梅木のほうから連絡するから。あ、今日はクリスマスイブだったね。メリークリスマス!」

「はは。そうだったね。じゃ、よろしくです」

柏の宮町の一行は、町長室を後にした。
竹林寛は上機嫌だった。玄関に向かって少し歩きだした時、梅木浩子が、持ってきた被害届の用紙を松野一に渡し忘れたことを思い出した。

「あ! 私、ちょっと戻って、お渡ししてきます」

「ええっ。今度でいいんじゃない? 次の用事あるって言ってたし」

「いいえ。少しでも早く進めた方がいいと思いますので。今日中に書いて頂けないとしても、用紙はお渡ししておいた方がいいと思います。せめて秘書の方にでも。……私、ちょっと行ってきます。皆さんは、車に戻っていてください」

梅木浩子は、そう言って踵を返した。

「梅木さんは、言い出したら聞かないね。……ま、いっか。鈴木さん、小田原さん、先、車に行ってましょう」

鈴木は頷いて、先に車の鍵を開けるべく、小走りした。

「あ、私、ちょっとトイレに寄ってから行きます。すみません」

「この役場はうちと違って綺麗だからね。トイレも利用しがいがあるよね、ははは」

小田原泉は、愛想笑いをして、竹林と鈴木が立ち去るのを見送り、トイレではなく梅木の後を追って、5階の町長室へと向かった。

【第二十話へ続く】

(作:大日向峰歩)


*編集後記*   by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

モンスター俗物・松野一が何やら怪しい提案をし、モンスター善人・竹林寛はうかうかとそれに乗る。松・竹が図らずも共闘!? さてどうする、梅木浩子。とんでもなく面倒なことになる予感がします。走れ、小田原泉! 綺麗なトイレなんかに目もくれず。次回をどうぞお楽しみに。

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