【第二十三話】
梅木浩子は、ハハっと笑って、水筒のお茶をクイッと飲んだ。
そのあと彼女が続けた話は、次のようなものだった。
テロリストが暗殺予告をした掲示板に、式典の日程に関する情報を事前にリークしておく。
式典は、例の改修予定の道の駅で行う。
実際に長官は来ないから、公安が警備に来ることはない。そこに、長官とよく似た背格好の松野を呼ぶ。
パンデミックの関係で、式典の開始ぎりぎりまで来場者はマスクを着用しているので、遠目からだとより間違いやすい。
道の駅では、週末限定でヘリコプターの遊覧飛行を実施しているので、テロリストがそれを装って空から襲撃することも可能だ。あるいは、客のふりして乗り込んで狙い撃ち、なんてこともあるかもしれない。
皆、無警戒に空を見上げることもなく過ごしている。狙えるチャンスは多いほうがいいはずだ。テロリストがこの機を好機として来訪し、もし間違って松野を暗殺したら、あいつが親思いの少年を愚弄することはない。
「どう? この計画。フッ」
「どうって言われても……」
小田原泉は、頭と気持ちと言葉が、ちぐはぐになっていた。
噛みあっていない歯車からは何の言葉も出ないし、今、体感しているのがどんな感情で、自分が何を思えばいいのかもわからない。金魚が口をパクパクさせるみたいに、小田原泉は、ただ息をすることしかできなかった。
「まあ、そんなにうまくはいかないわよね。いろいろ他人任せすぎるし。所詮、素人が考えることはこの程度ってことかしら。フッ」
梅木浩子は自虐的に笑った。その笑った吐息で歯車が少し動いたのか、小田原泉の頭の中に、ある単語が浮かんだような気がした。でもそれを口にするより前に、梅木が言った。
「今、稚拙って思った? フフッ。目は口程に物を言う、よ。……でも、うまくいってもらっても、困るんだけどね。そんなの。だから、他の手も考えてる」
「あ、そう、なん、だ。……な、に?」
空気を飲みながら喋ると、言葉に変な間が空く。こんなに空気を飲んでるのに、息ができない。
「ちょっと先生、大丈夫? 一回お茶飲んで。ほら」
梅木浩子は、小田原泉の持っていたペットボトルの蓋を外して、それを差し出した。小田原泉はそれを受け取り、ゴクッと一口飲みこんだ。
「少し落ち着いた?」
「まだ混乱してる。まさか自分が、誰かの殺害計画を人と話すなんて、想像したこともなかったから」
「大げさよ。たぶんそうなったりしないから。我ながら荒唐無稽な話してるって自覚あるし。竹林さんと変わらないよね」
「よく考えたよね、でもこんな話、人に聞かれたりしたら……」
「大丈夫よ。何なら、見てこようか?」
そう言って、梅木浩子は席を立ち、ドアを開けて廊下に人の気配がないことを確認してみせた。
「ほら。誰もいないから安心して。ここあんまり人来ないのよ。狭いし、会議するにしてもちょっと不便なの」
梅木浩子はそう言って、再び元の席に座り、話を続けた。
「他の手っていうのはね、松野さんが式典に来れないようにするのよ。遅刻でもいい。そのために、他にも来賓呼んだから。アプリの再開記念式典の〝予行練習式典〟に、自分ところの関係者だけじゃなくて、隣接する市長が来るなんて、そもそもがおかしな話だから、松野さんが来るのが不自然にならないように、近隣の自治体にも一応声かけておいたのよ。あと、地元の名士とか。却ってそういう人ほどうるさいよね。政治家は俺らの時間を奪うのか、って怒ったりするし。軽んじると評判も下がるでしょ。あの人たちに政治家は逆らえないよね。時間厳守は絶対なの。もし、松野以外の近隣の自治体の長とかが来るならなおさら。松野が遅刻したらそれで終わり。松野一人の到着を待ったりしないよね。で、あの人は式典に参加できない」
「なるほど」
「さっきも言ったけど、松野って本当に嫌われてるみたい。さっきも帰りしなに、あっちの役場で、ある職員に呼び止められてね。その人、ご丁寧に〝松野さんのことは信用しない方がいい〟って教えてくれたの。私たちがあいつの計画を知ってることをその人は知らないから、教えてくれたんだよね。〝何か企んでるに違いないから〟って」
「へえ……」
「例の怪文書も、まだわかんないんだけど、まあ目星はついてるの、差出人」
「え、そうなの?」
「うん。その人ね、父親が、松野の父親が経営してる建築会社で働いてたことがあったらしいんだけど、ものすごいパワハラに遭ってたみたいで、自殺してるの。その当時、まだ、松野も未成年だったらしいんだけど、いろいろあったみたいで。クソガキ……あ、失礼。生意気な子供だった松野に、顎で使われたりしてたみたい。そういうのも、自分で命を絶つ理由になってたみたいね」
「……なんかそういうのって、この世の中で本当にあるんだと思うけど、実際自分の周りにないから、どこかで絵空事みたいな気がしてた。でも、それって知りたくなかっただけで、あるんですね、実際」
「あるの。本当に」
「……なんで、そういう人間が町長とかできるんだろう」
「ね、ホント、おかしいよね。なんでなんだろうね。やりきれなくなっちゃう……」
梅木浩子は、まるで空を切るみたいに、一瞬、力強く何かを睨みつけた後、瞼を閉じ、遠くを見つめながら言った。
「道の駅のリノベーション費用を捻出したくて、私たちは、あの怪文書の差出人を告発するために被害届を出そうとしてるんだけどさ、ホントにこれでいいのかなって思う。一体、どっちが被害者なんだろうね。だから、たとえ誤認だとしてもあいつを殺してくれるっていうのなら、それが一番、正解な気もするの。いけないことを言ってるってわかってるんだけど、ね」
その後、二人は、松野一が式典に遅刻するための罠を、どのように配置するかについて考えた。
最も手っ取り早いのは、直前に松野がどうしてもしなければならない公務を入れて、それを長引かせることだが、彼がどのような公務をこなしているのかを彼女たちは知らなかった。
【第二十四話へ続く】
(作:大日向峰歩)
*編集後記* by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟
まさかの暗殺計画、からの、松野一式典遅刻計画が生まれ、これから少しずつ形になりそう? 有能な梅木浩子のこと、綿密なリサーチのもとに冷静に計画すれば松野町長の遅刻くらいできそうですが、元々が踏みつけられてのやけっぱちがモチベーションなのが気になります。どうなる、柏の宮町! どうなる、小田原泉! 次回をどうぞ、お楽しみに。
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