オオカミになった羊(後編45)by クレーン謙

羊歴1620年第12の月、オオカミ族は最新兵器を手にしたキメラ族と共に、羊兵に占領されたヤルンヴィドの森を奪還しました。劣勢であった筈のオオカミ族は、キメラ族とアヌビス族と同盟を結ぶ事により、明らかに勢いを取り戻したようです──もしオオカミ族だけで戦っていれば、とっくにオオカミ族は羊兵に滅ぼされていたでしょう。
オオカミ族の聖地であったヴィーグリーズの谷も完全に取り戻したので、オオカミ族の戦士達は勝利の遠吠えをあげました。

そのような中、オオカミ族の指導者ミハリは腹心のマーナガルムと戦況を見極める為、奪還したヤルンヴィドの森を視察していました。もう、そこからは敵地の羊村までは目と鼻の先だったのです。
激しさを極めた戦闘が終結し、森のそこかしこには、羊兵の亡骸が横たわっていたので、ミハリは部下にそれらを埋葬して供養するよう命じます。
ミハリとマーナガルムは、冷たい夜風が吹く森の中を並んで歩きました。
ミハリが空を見上げると、瞬く星々の中に満月が輝いています。そうです。夜目が効くオオカミの戦士達は主に日没後に軍事行動を起こしているのです。
遠くに見える羊村の羊達は、いつオオカミが急襲をかけてくるかと、さぞかし怯えている事でしょう。
本来臆病な性格の羊達は家に閉じこもり、太陽神に向かって祈っているに違いありません。
ミハリとマーナガルムは満月に向かって遠吠えをしたくなる衝動を抑えながら、月神に祈りの言葉を捧げ始めます。
祈りを終えたマーナガルムがミハリに言いました。

「ミハリ様、部下からの報告によりますと、全メリナ王国軍五千匹が、出軍しこちらに向かっているようです。しかも、軍を率いているのは羊村のショーンです」

光り輝く満月に顔を向け目を閉じていたミハリは、静かに金色に輝く瞳を見開きます。

「私はショーンはよく知っている。彼は他の羊と違って手強いぞ。知恵も働くし、何より統率力に秀でている。いくら我らがキメラ族の武器を手にしているとはいえ、相手が五千匹とあらば、それを迎え撃つのは厳しいものがあるな……」

「はい、私もそう思います。そこで、どうでしょう? ──坊ちゃん、いえ、アセナ様と手を結ばれては? アセナ様は今、アヌビス族の戦士達と共に行動しております。どうやら、アセナ様は羊村通商大臣ヘルメスの末娘を捕らえたようなのです。我らの、真の敵はヘルメスだったのでは?」

「──いや、それはならぬ。我が息子とはいえ、アセナはオオカミ軍軍師フェンリルを殺めたのだ。月神に次ぎ尊き《オオカミの誓い》によれば、それは死罪に値いする。それに、アセナは我らの敵である羊の娘と一緒になろうとしてる。残念ながら、アセナはいずれは裁きを受けねばならぬであろう……。ヘルメスの事はアセナに任せておこう。それよりも、我らは五千匹の軍を迎え撃つ準備をせねばならぬ。私がよく知るショーンならば、彼は羊兵を二手に分け我らを挟み撃ちにする。ショーンは誰よりもオオカミの戦い方を、よく知っているからな」

そのように言いながら、ミハリは子オオカミだった頃、ショーンと隠れんぼや追いかけっこをして遊んでいたのを思い出していました。
オオカミにとっては、それらの遊びはその後、厳しい自然で生き抜く為の真剣そのものの遊びなのです──敵から隠れる術、獲物の追い詰め方、耳や鼻を研ぎ澄ます術、そして時によっては予知能力を使い、敵や獲物の動きを探り当てる術。ミハリは、それらオオカミの知恵を幼きショーンに伝授しました。
そのような要素を考えますと、来るべき戦闘はオオカミ族にとっては極めて不利な戦いとなるようにミハリには思えました。
複雑な面持ちのミハリをしばらくの間、何も言わずマーナガルムは見ていました。
幼き頃よりアセナを世話していたマーナガルムとしては、なんとかしてアセナに恩赦を与えて欲しかったのですが、どうやら今はそれを口には出来ないようだと悟ります。
ややあって、ミハリは口を開きます。

「……私に考えがある。マーナガルム、弓矢を手にして戦える全ての戦士達に号令をかけ、ここに集結させよ。この戦いは、これでもう終わりにせねばならぬ。それに、アセナに伝令を送れ──ヘルメスを討ってはならぬ。必ず生かして捕らえよ、と伝えよ」

――――つづく

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