ショーンはよく手入れの行き届いた弓矢を背に、そしてよく研がれた剣を腰にさし、ミハリが指定した場所へと向かいます。五千匹の羊兵達に、決して手出しをせぬように、と言い残し。
オオカミ達も、きっと決闘の行方を見守っているのでしょう。時折、ミハリに声援を送るかのように遠くからオオカミの遠吠えが聞こえてきます。
日中降っていた雪は夜に入るとやみましたが、辺りは雪景色。
夜空を見上げると昨夜よりも更に三日月は細くなっており、月明かりが 淡く地表の雪を照らし出しています。見通しが効かない森の中をショーンは気配を殺しながら進みます──森の中での気配の殺し方は、直にミハリに伝授されたのですが、羊はオオカミほど耳も夜目もききません。
この決闘に勝算があるとはショーンには思えずにいました。
歳のせいもあり、以前ほど機敏には動けないので、なるべく最初に相手を見つけるのに専念する為、耳と鼻を研ぎ澄ませて、冷えわたる暗い森の中を歩きました。気配を殺す術なら、恐らくはショーンの右に出る羊は居ないでしょう。
全神経を集中させていると、やがてショーンの鼻は水の匂いを察知しました。
どうやらミハリが指定した『月の川』が近いようです。ショーンは、弓矢を手に、音を鳴らさぬよう注意を払いながら雪を踏みしめます。
ザーザー、と川の流れが響く一角をショーンは、茂みから顔を出し様子を見ますが、そこにミハリが居る気配がどこにもありません。しかし、それはショーンのカンの誤りでした。
不意に、 矢が空気を切る音がしたかと思うと、ショーンのすぐ側に立つ木の幹に深々と刺さります。
何処からともなく、ミハリの声がショーンに語りかけました。
「……ショーン、約束を守ってよく来てくれた。今のは君に敬意を表し、ワザと狙いを外した。二回目は確実に君の心臓を狙う」
どこにミハリが潜んでいるのか、必死で探りながらショーンは闇夜に向かって叫びます。
「ミハリ!もうこんな無駄な戦いはやめよう! ここで休戦協定を二匹で結ぼう! 私が争いを望んではいないのは分かっているだろう? 」
淡い月明かりが差す中、依然としてミハリは完全に気配を殺していました。やがて、低い声で親しみを込めて返事をします。
「ショーン、それは無理だ。残念ながら、互いの立場があるからね。オオカミ族の怒りを 鎮めるには、俺が君の首を持ち帰るしかないんだ。君だって、そうだろう? ショーン、これが最善の方法なんだよ。そう。どちらかの死をもって、この戦に終止符を打つんだ」
――――つづく
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