ジャッカル〜ジャッカルとイナバウアーとヒッグス粒子

多くの人がジャッカルという生き物がいることを知ったきっかけは、おそらくラグビーワールドカップだったのではないだろうか。ラグビーにおけるジャッカルとは、倒れた相手からボールを奪うプレーのことで、このプレーには強靭な肉体が求められる。ラグビーは立って行うスポーツで、倒れたらすぐにボールを離さなくてはならない。相手にボールを奪われないように背中を相手側に向けて倒れ、自分の体を盾にする。助けに来た仲間は倒れた仲間に覆いかぶさるようにボールをガードするのである。

ところが、手を使わずボールをお腹あたりでキープしていても相手側が体のうえからボールを奪おうとする。その時、奪う側は膝をつくなど足の裏以外を地面につけてはならない。私は子供のころから洋式便所で用を足してきたので、和式便所は苦手である。どうも体が安定しない。真下に向けてしゃがむのさえ大変なのに、自分の体から離れた場所にあるボールを奪うために前に体を出しつつ踏ん張るには強靭な肉体が必要である。

ジャッカルという技は相手のボールを横取りすることから、どちらかと言えばハイエナを想像してしまう。ハイエナは食肉目ハイエナ科でイヌのような出で立ちをしているが、ジャコウネコ科に近縁で、イヌよりもネコに近い生き物である。一方、ジャッカルは食肉目イヌ科イヌ属で、まさにイヌと近縁である。ハイエナは死肉をあさりライオンなどの大型肉食動物が仕留めた獲物の残りを食べることから、自分では苦労せず横取りするイメージが定着してしまっている。ところが、ジャッカルは自ら狩りをしてネズミやウサギなどの小動物を捕食する。

ラグビーのジャッカルは正に動物のジャッカルと同様に、自らの能力を発揮して相手のボールを狩りに行く高度な技術と肉体によって成り立つ。この技名の由来は元オーストラリア代表のジョージ・スミス選手がこの技を得意としていたことから、あだ名であるジャッカルから命名されているらしい。言い得て妙である。

ところで、先日(2024年4月8日)亡くなられたイギリスの理論物理学者である、ピーター・ウェア・ヒッグス博士はヒッグス粒子の存在を予言し、その存在が証明されたことで2013年にノーベル物理学賞を受賞している。ヒッグス粒子の名称はベンジャミン・W・リーらによって命名された。ヒッグス本人は、「いわゆるヒッグス粒子と呼ばれているもの」と遠慮気味に表現している。物理学の世界では人名が単位として使われることが多い。ボルト(V)、アンペア(A)、ワット(W)、ヘルツ(Hz)、パスカル(Pa)、ニュートン(N)、ジュール(J)など枚挙に暇がない。勿論、これらは自分で命名したわけではなく、発見者以外の別人が命名したはずである。

ヒッグス博士のように、功労者が存命中に命名される事例は少ないと思うが、自分の名前の付いた物質を世界中で使用している状況はどのような気持ちだったのか想像が難しい。仮に私が新たな物質を発見したとして、「ぐっちー粒子」と命名されたら恥ずかしくて外を歩けないかもしれない。以前、関西芸人のトミーズ健さんが「健ちゃんパウダー」というギャグを披露していたが、その物質の存在を予言し、自ら命名した上で、普及しようとしている姿には敬意を感じざるを得ない。これぞ芸人魂である。

スポーツの世界でも技の名前がその開発者であったり、初めて披露した人だったりと、人名が使われることが多い。体操競技の平行棒では「後方棒上かかえ込み2回宙返り腕支持」のことを「モリスエ」と呼び、フィギュアスケートでは「足を前後に開き、爪先を180度開いて真横に滑る技」のことを「イナバウアー」と呼ぶ。

これらのように功績をたたえて命名されるのであれば名誉なことではあるが、あえて例示しないものの、不名誉な事柄で人名が使われることもある。ジャッカルはジョージ・スミス選手にジャッカルというあだ名を付けた人のセンスが光る。もし、倒れた相手からボールを奪うプレーのことを「ジョージ」と命名していたとしたら、今ほど有名になっていなかったかもしれない。

有機化合物や生物などについては命名規約が採択され、基本的にはこれに則った命名がなされる。一方で、技の名前などは現状では自然発生的な呼称が多い。今後はスノーボードやスケートボードなどの比較的新しい競技で技が命名されることが予想される。今のうちに命名規約などの整備が急がれるのではないだろうか。

(by ぐっちー)

※このエッセイ「妄想生き物紀行」第99回はポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」第99回「ジャッカル」と関連した内容です。「妄想旅ラジオ」は、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組(ポッドキャスト)です。そちらもお聴きになると一層お楽しみいただけますのでぜひどうぞ! ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。詳しい聴き方などは「妄想旅ラジオ」のブログを。

ぐっちー作「妄想生き物紀行」第99回「ジャッカル〜ジャッカルとイナバウアーとヒッグス粒子」いかがでしたでしょうか。今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当・ホテル暴風雨オーナー雨こと斎藤雨梟です。

こんにちは!

ジャッカルは中国語だと「胡狼」というそうです。かっこいい。ラグビーの技「ジャッカル」は、ジョージ・スミス選手にあだ名をつけた人が命名者のようなもので、何がどう転ぶかわかりませんね。ぐっちーさんの言う通り、スポーツ界の命名には今後決まりが必要になりそうです。 スポーツといえば、勝利を決めた時などに選手が取る独特のポーズにも名前がつくことがありますが、陸上短距離界のスター、ウサイン・ボルト選手のあのポーズは「ライトニング・ボルト ポーズ」と言うそうです。ボルト選手はあのポーズの商標登録を申請したとか。

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