2019年10月、私は九州を旅行した。鹿児島の親戚を訪ねて行ったのだが、現地では大いに歓迎を受けた。桜島は勿論のこと、かごしま水族館、鶴田ダム、曽木発電所遺構などの観光名所巡りに連れて行ってくれた。次の観光スポットを知らされないまま、車の助手席から前を見ていると、いきなり看板からある文字が目に飛び込んできた。
「東洋のナイアガラ」
ナイアガラと言えばアメリカ合衆国とカナダの国境にある五大湖から流れ出るナイアガラ川の滝のことである。カナダ滝、アメリカ滝、ブライダルベール滝の3滝で構成され、それぞれ落差55mほどでカナダ滝は幅600mを超える。その大瀑布が東洋の日本にあるというのである。残念ながら本場のナイアガラの滝を見たことがないので、是非とも東洋のナイアガラを見てアメリカ気分を味わいたいところである。そして到着したのが鹿児島県伊佐市にある曽木の滝である。
駐車場に車を止めてしばらく歩くと、ゴーと響く低音が心地よく聞こえてきた。10月とはいえ北海道からやってきた私にはまだまだ暑いと感じる気温だったので、滝に近づくにつれひんやりした空気に包まれたときはリラックスした気になった。これがマイナスイオン効果なのだろうか。曽木の滝は滝幅210m、高さ12mと予想以上にナイアガラであった。流れ落ちた川水はメインの滝だけではなく、その下の岩場を流れる間も白い水しぶきを上げて荒々しく流れており、総合的に東洋のナイアガラを形成していた。
調べてみると東洋のナイアガラの異名を持つ滝は日本で少なくとも3カ所ある。鹿児島県伊佐市の「曽木の滝」、大分県豊後大野市の「原尻の滝」、そして群馬県沼田市の「吹割の滝」である。異論は認める。滝幅何m以上、高さ何m以上がナイアガラの名前を語って良いか決まっていない以上、個人的に近所の裏山の崖から滴り落ちる水滴にアジアのナイアガラと命名することも可能なはずである。ただし、アメリカ合衆国とカナダから名称取り消しの訴えがあった場合は負ける可能性が高いので注意が必要である。
大小を問わず滝は人気の観光スポットである。パンフレットのうたい文句には「パワースポット」や「マイナスイオン」などの文字が並ぶが、そもそも「マイナスイオン」とは何であろうか。「マイナスイオン」と「陰イオン」は違うのだろうか。家電などにも応用されるこの「マイナスイオン」について調べてみた。
マイナスイオンについて論文検索をしてみると約9000本の論文がヒットした。そのほとんどがマイナスイオンが人体に与える影響についての論文であった。何本か読んでみたもののマイナスイオンの正体について書かれた論文は見当たらない。いずれも負の電荷を帯びた微細な粒子の総称という以上に、物質を特定するような説明はされていなかった。
中学校ではイオンは電子を放出、あるいは受け取って電荷を帯びた原子あるいは原子団のことを陽イオンまたは陰イオンと習った。塩化ナトリウム水溶液中には塩化物イオン(Cl-)とナトリウムイオン(Na+)が分離しており、塩化物イオンのことを陰イオンと言っていたが、マイナスイオンとは言っていなかった。陰イオンとマイナスイオンは別物なのだろうか。
調べてみるとやはり別物であった。滝の周りなど水を破砕することでマイナスイオンが発生することはノーベル賞受賞者であるフィリップ・レナードが発見しており、レナード効果と呼ばれている。ただし、レナードがノーベル賞を受賞したのは1905年の陰極線(電子線)の研究によるものである。マイナスイオンとは全く関係がない。
ここで更に疑問が湧いてきた。マイナスイオンが発生すれば、同じ量の電荷を帯びたプラスイオンも発生するはずである。この点について滝の説明では、水が破砕される際に大きな水滴はプラスに帯電し、小さな水滴はマイナスに帯電するらしく、大きな水滴は落下してしまうのでマイナスイオンだけが空中に漂うらしい。
最近は少なくなってきたものの、依然としてマイナスイオンを発生させる家電が売られている。雷が発生するとマイナスイオンが発生することは昔から知られていた。この原理を利用しているのが家電のマイナスイオン発生である。ただし、同時にオゾンも発生している。メーカーの説明では50万個/cm3のマイナスイオンが発生していると説明しているが、1cm3の中に空気分子は2.5×10^19個含まれる。つまり、2×10^14個に1個の割合でしか存在していない。1gの砂糖を大きなダムの貯水量と同じくらいである1億トンの水で薄めた量に匹敵する。そんな水が甘いだろうか。
確かにマイナスイオンが発生しているのかもしれないが、私にはそれを感じるほどの感覚器官を持ち合わせていない。マイナスイオンの効果を検証した論文には殺菌やダニの防除に有効であると結論づけられていたが、同時に発生するオゾンについては全く触れられていなかった。滝の近くでリラックスする事実には賛同するが、その原因がマイナスイオンであるとは素直に納得できない。
ヒトの呼気からもマイナスイオンが計測されるというので、満員電車の中もマイナスイオンが大量に存在すると推測される。だから人々は毎日発狂せずに満員電車に乗ることができると言うのであれば、それはそれで納得できるのだが。
参考リンク:
市民のための環境学ガイド「高校の先生のために書いたマイナスイオン」(東京大学生産技術研究所 安井至さんのサイト)
(by ぐっちー)
<編集後記>
※このエッセイ「妄想生き物紀行」は、毎回原則としてポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」と関連した内容でお送りしていますが、今回は本連載の独自テーマでお送りしました。ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。「妄想旅ラジオ」は、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組です、詳しい聴き方などは「妄想旅ラジオ」のブログを。
ぐっちー作「妄想生き物紀行」第48回「滝〜東洋のナイアガラにおけるマイナスイオンの効果について」いかがでしたでしょうか。
今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当・ホテル暴風雨オーナー雨こと斎藤雨梟です。
こんにちは!
独自テーマ回の今回は、妄想旅ラジオパーソナリティのおひとり、ポチ子さんのリクエストで「滝」についてのエッセイでした。
レナード効果といえば思い出すのはこちらの漫画。
カーラ教授こと川原泉先生も注目の(?)マイナスイオンですが、今回私が一番衝撃を受けたのは、人間の呼気にも含まれるという点です。確かに水の微粒子には違いないです。満員電車はマイナスイオン効果を打ち消す要素が多すぎて、ダムいっぱいの毒液に胃腸薬1錠、みたいなことになってやしないでしょうか。それでも発狂しないで乗っているということは、逆説的にマイナスイオンの効果に信憑性を与えていると言えるのでは?
毎回適当なことばっかり言ってすみません。
Twiterでぐっちーさんと話そう企画
さて今回も、ぐっちーさんとみなさんと、Twitterでお話したいと思います。マイナスイオンについて、ローカルナイアガラの滝について、お気に入りの滝について、などなど何でもお話しましょう。参加方法はTwitterに書き込むだけ、なので初めての方も、ラジオお聴きのみなさまも、質問してみたい人はもちろんただお話してみたい人も、エッセイを読んでの感想、ぐっちーさんへの質問やツッコミなど、ぜひお気軽に。お待ちしています!
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— SAITO Ukyo (@ukyo_an) July 7, 2020
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