ツバメ〜逃げるは一時の恥だが、進化の役に立つ

「妄想旅ラジオ」ポッドキャスター ぐっちーが綴るもう1つのストーリー「妄想生き物紀行 第22回 ツバメ〜逃げるは一時の恥だが、進化の役に立つ」

ツバメはスズメ目ツバメ科ツバメ属に分類される鳥類で、民家の軒先などに営巣し日本人にとってなじみ深い鳥である。ツバメは夏に繁殖のため日本に渡ってきて、冬に越冬のため台湾やフィリピンなどに帰って行く。関東から台湾まで直線距離にして約2,000キロメートル。飛行機では約4時間の距離だが、体長約17センチメートルのツバメにとっては命がけの長旅になるだろう。ツバメにとって日本はそれほどに寒いところらしい。

いくら寒いからといっても2,000キロメートルの長旅を毎年往復するほどのエネルギーがあれば冬を越せそうな気もするが、どうしても南国に帰らなくてはいけない事情でもあるのだろうか。とは言え、私自身も毎年北海道から関西まで毎年正月には帰省していたから、その辺の事情について理解はするつもりではいる。どうしてこんなにお金をかけて毎年帰らなくてはいけないのだろうと思うところもある。ただ、今年の正月はコロナウイルスの影響で初めて北海道で正月を過ごした。ツバメの中にも越冬ツバメといって日本で冬を越すツバメもいるらしい。ことしは越冬ぐっちーだった。ただ、人間界では北海道の家より実家の方が寒いので毎年のように体調を悪くして帰ってきていたが、今年はぬくぬくと過ごすことができたのでエネルギーもお腹に蓄積することができた。

なぜ毎年命がけの長旅を繰り返すのかツバメたちに根掘り葉掘り聞いても答えてくれないと思うので、推察するくらいはやってみたいと思う。おそらくツバメたちも毎年長距離を移動して大変な思いをしているだろうから、できれば移動しない方が楽だろう。冬が寒いなら一年中台湾やフィリピンにいたって構わないのではないか。南国の小さな島で子育てできれば親子共々のびのびと生活できるはずだ。

夏と冬で生息地を移動させる「渡り」をする鳥類は数多い。私の住む町にはハクチョウが飛来する。ハクチョウは冬を比較的温暖な日本の本州で過ごし、夏はシベリアやオホーツク沿岸で繁殖する。ツバメにとって寒い日本もハクチョウにとっては暖かいと感じるのである。また、「渡り」をするのは鳥類に限らない。魚類や昆虫類も季節的移動を繰り返す。特に魚類では回遊とよばれる。

前回のテーマであったウナギも回遊する。海洋生態学者の塚本勝巳博士は世界で初めてニホンウナギの産卵場を特定した一人である。塚本博士は若い頃、アユの回遊について研究していた。その後、サケの回遊、ウナギの回遊と研究人生のすべてを回遊に捧げたと言っても過言ではない。つまり、生涯の研究テーマは回遊である。このことは博士のインタビュー記事でも語っており、動物はなぜ旅をするのかを常に考え続けていると仰っていた。

動物はなぜ旅をするのかという疑問に対する塚本博士の答えは「脱出理論」である。脱出理論は外部の環境状況や体内の生理状況が悪化した時、そこから脱出することで改善を図ろうとする行動が脱出であり、これが動物の回遊の出発点であるという考えである。今まで快適だった環境に異変が生じ、そこから逃げ出すことで適応を図ったグループが生き残り、進化したと考えられる。この理論は実証されたものではないが、私には納得できる理論だと感じた。

しかしながら、逃げ出すのに成功したのならわざわざ戻ってくることもなく、新天地でそのまま暮らせばいいのではと思ってしまう。比較的移動能力の乏しい生物は毎年行き来することができず、新天地でも適応できなかったものは絶滅し、適応できたものだけが生き残って進化したと考えられる。一方で移動能力が高い鳥類の場合は戻ることで絶滅を免れたと考えることもできる。つまり、ツバメやハクチョウはその移動能力が無ければ絶滅していたかも知れないということである。

四半世紀前の話である。「逃げちゃダメだ」という台詞が流行った。嫌なものから目を背け、現実を直視しようとせず、自分の殻に閉じこもっていては未来は開けない。逃げずに立ち向かうことが世の中で求められたスキルだった。ところが、それから20年経った時代では逃げることの大切さが説かれ、ブラック企業からは多くの人が逃げ出している。このようなトレンドが動物界にもあったのかも知れない。

また、渡りや回遊は繁殖地に回帰するための行動と考えることもできる。サケは川で、ニホンウナギはフィリピン沖の西マリアナ海嶺付近でそれぞれ産卵し、サケは北太平洋、ニホンウナギは川で成長する。繁殖は生物の根本に関わる生態で、そう簡単には変化させることができない。繁殖地がその生物の元々いた場所だと考えることができるだろう。

ツバメは日本で繁殖し台湾やフィリピンで冬を過ごす。ということは、ツバメの祖先は元々日本に生息しており、何らかの外的圧力で逃げ出さざるを得ない状況に陥った。でも、繁殖生態まで変えることはできず、仕方なく日本で繁殖しているに違いない。巣の下の糞が気になり営巣を妨害する一部の人はいるものの、ツバメは日本人にとって比較的歓迎されている動物だろう。ツバメにしてみれば、わざわざ実家の日本まで帰ってきているのに追い出されるなんて悲しい、と思っているかも知れない。渡り鳥が帰ってきたら温かく迎えてあげて欲しい。

参考資料:「動物はなぜ旅をするのか考え続けて」(塚本勝巳博士のインタビュー記事)

「動物はなぜ旅をするのか?」研究人生のほとんど、この問いに向き合ってきました。僕は生き物の動く姿が好きなんです。でも個体の中へあまり深く入っていきたくはありません。...

( by ぐっちー)

<編集後記>

※このエッセイ「妄想生き物紀行」は、ポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」の第22回「ツバメ と関連した内容です。ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。妄想旅ラジオは、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組です。リンク先に聴き方も詳しく載っていますので、ぜひ合わせてお楽しみ下さい。

ぐっちー作「妄想生き物紀行」第22回「ツバメ〜逃げるは一時の恥だが、進化の役に立つ」いかがでしたでしょうか。

今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当オーナー雨こと斎藤雨梟です。

こんにちは!

渡り鳥の「渡り」は本当に不思議で、中にはほぼ南極と北極を往復するような鳥もいると聞き子供の頃からすごいなあと思っていました。

ですが鳥だけでなく、魚も虫も旅をするというのは比較的後から知りました。今回紹介された塚本勝巳博士のウナギの研究、素晴らしいですね!(参考資料としてリンクしたインタビューは本当におすすめです) 脱出に成功したのになぜ帰ってくるのかも今後詳しくわかるのでしょうか。渡りや回遊が「脱出」であると「証明」するにはどうしたらいいのか、素人にはよくわかりませんが、ぐっちーさんのおっしゃるように「妙に納得させられる」魅力ある説なのでどう研究が進むのか楽しみです。

「逃げる」一方通行に関して言えば、植物も脱出すると先日読んだ本に書いてありました。「雑草」の本です。雑草というととても強くてたくましい植物と思われがちですが、森林という楽園で生きられなかった弱い植物が森を脱出して人里を目指し、弱いながらにそこに適応したのが「雑草」である、とその戦略を解説した本で、こちらもとても面白く、中高校生向けに本当にわかりやすく書いてあるのでおすすめ!

雑草はなぜそこに生えているのか

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