【 魅力的な提案 】
さて話はその日の夕方に飛ぶ。私はモンマルトルの酒場で飲んでいた。
じつは貞子、マリアンヌ、ピエールの3人が「酒をおごるから酒場につきあえ」と提案してきたのだ。酒飲みにとってこれほど魅力的な提案はない。しかし飲むのは大賛成だが、その後、酔った状態で異国のメトロに乗るような度胸は私にはない。そのことを貞子に伝えた。
3人はフランス語でなにやら相談していたが、飲んだあとは貞子の車でホテルの前まで送ってくれるという提案までついてきた。貞子は酒は全く飲まないらしい。しかし酒場の雰囲気と、酒場の食事は大好きだというのだ。酒場でデッサンすることも好きだという。
「酒場でデッサン!」
これにもちょっと驚いた。まさにロートレック。
「そうかこの人は飲まないのか」ということと「ロートレックはワインを飲みながらものすごいスピードで描いたらしい」ということ、このふたつを同時に思った。それにしてもこの厚遇はありがたかった。ただ酒が飲める上に、その後はホテルまで送ってくれるというのだ。旅行者にとってこんなラッキーな話はない。喜んで受けることにした。
話はまとまった。
貞子の提案で、私は貞子、マリアンヌ、ピエールの3人が共同で使っている倉庫アトリエに案内してもらうことになった。15分も歩けば着くという。酒場も倉庫アトリエのすぐ近くにあるらしい。
「3人で倉庫を借りているのですか?」
「9人で借りてます」
「9人!」
なるほどさすがはモンマルトルだ。画家だけで倉庫を借りているという話は、日本ではちょっと聞いたことがない。
【 倉庫アトリエ 】
風情のある石畳の道をゆっくりと下っていった。その堂々たる倉庫は石造りで、倉庫というよりも、要塞の一角をしめる物見櫓(ものみやぐら)を彷彿とさせるような建物だった。民家のようにたくさんの窓がないのでそんな印象を受けるのだろう。
例によって城塞の勝手口みたいないかめしい扉があり、その傍に金属製の小さなプレートがはめまれていた。ピエールが「4つの数字」をプッシュすると、ガシャーンと金属質の重い音がした。私が泊まっているホテルの電動カンヌキよりもさらに重々しい響きの音だった。

倉庫の中に入ると、(ある程度予想していたことだが)その広さに驚いた。ガランとしたワンルームで、小学校の体育館ぐらいの広さは優にある。バスケットボールの試合もできそうだ。微かにテレピン油(油彩で使う油)の匂いがただよっている。200号(259cm/197cm)ほどのキャンバスを固定したイーゼルがあちこちに立っている。そのうちの1点を見ると、セーヌ河にかかった橋を描いていた。周囲の台にはマルスやパジャンタなどの石工像が並んでいた。
「電気がつけっぱなしじゃない!」と貞子が言った。「しょうがない画家たちね!」
確かに我々4人が倉庫に入ったとき、室内には誰もいなかった。
私は高い天井を見上げた。あちこちから裸電球がぶら下がっていた。ちょっとおかしかったのは、そのコードの長さがまちまちだったことだ。1mほどのものもあり、優に3mはあるコードもあった。
「長さがバラバラなのは、なにか理由があるのですか?」
「理由なんてないわ」
貞子は(電気がつけっぱなしだったことに)なかなか怒りが収まらないようだった。
「ここの連中ときたら、ほんと、ルーズなんだから!」
「みんなどこに行ったのです?」
「テルトル広場よ。稼ぎに行ってるのよ」
【 酒 場 】
その酒場はまさに「モンマルトルの場末」といった感じで、私は喜んだ。ひとりだったら絶対に入らないような酒場だ。カウンターがあり、円卓が20ほど。カウンターでも円卓でも立ったままで飲んでいる男たちが多かった。店内の奥には巨大な樽が3個。カウンターで金を払ったら、自分でその樽の前に行って(店のジョッキで)栓をひねってワインを入れていた。勢いよくジョッキに注がれる赤ワインは、まるでビールのように泡が立っていた。私もそれをいただくことにした。貞子に聞くと、1杯が20フラン(¥400)。いい国だ。
ちょっと驚いたのは、カウンターに立っていた店員3人も、食事を運んでいた店員も黒人だった。客はざっと40人ほど店内にいたが、その半分ほどが黒人だった。もうその光景だけで「庶民的な飲み屋なんだな」ということがよくわかった。
パリに来てから何度も日本人観光客ツアーを見かけてきたが、彼らが団体で入るような高級レストランでは、店員も客も黒人は一人もいないかった。暗黙の了解というか、黒人が心からくつろげる店はやはり限定されているのだろう。それがよくわかった。
【 つづく 】

