ヨーロッパの力作2本。英国ケン・ローチの「オールド・オーク」と新鋭クロエ・ジャオの「ハムネット」

イギリスで一番好きな監督はケン・ローチだ。齢90歳、労働者階級出身で、常に、弱者の立場から映画を撮って来た。私は彼の顔が好きだ。品格のある、知性と優しさが滲み出る、いいお顔だ。好きな作品が一杯ある。「ケス」「麦の穂を揺らす風」「マイ・ネーム・イズ・ジョー」「天使の分け前」「やさしく、キスをして」などだ。

「オールド・オーク」監督:ケン・ローチ 出演:デイブ・ターナー エブラ・マリ他

「オールド・オーク」監督:ケン・ローチ 出演:デイブ・ターナー エブラ・マリ他

今度の新作「オールド・オーク」も期待を裏切らなかった。いい映画だし、好きなシーンが幾つもある。ラストは、やはり、ジーンとなった。

2016年、国策によって、シリアの難民たちがイギリス北東の田舎の村に暮らし始める。TJ・バランタインと言う名の中年男性が「オールド・オーク」という名の古いパブを経営している。
彼はカメラ好きの難民の女の子と親しくなっていく。パブの常連には一部、難民を嫌がっている連中がいるが、段々と交流が深まっていく。シリアにいるその子の父親の訃報が伝わる。近所の人々がどうするか。皆、花を持って、カードを持って家の前に集まってくる。
言葉は通じない。ただ、集まって、哀悼の意を伝える。それしか出来ない。でも、それでいいのだ。
「連帯」という言葉が、また、浮かびあがった。この、共に悼む行為は水俣病における、作家石牟礼道子さんが言う「悶え神」と一緒だ。周りは何も出来ない。でも、知って、一緒に悲しむ。これしかないのだと思う。

憎たらしい、地元の悪口ばっかり言っている連中の存在が、映画として出色。地元の人かと思うくらい存在感があるし、しゃべりも自然だ。彼らも炭鉱の閉鎖で、貧しくしょぼくれた生活を送っている、という背景もある。
ローチのドキュメント的演出は衰えを感じさせない。女の子が撮った写真の発表会が、スライド形式で行われ、ギターが演奏されるシーンもいい。

正直言うと、シリア難民のことはよく知らなかった。600万人も居て、世界一多いのか。映画から離れるが、もう、ありとあらゆる問題がこの世にある。自分の身の回りに、移民の問題もある。どうやったら、共生して行けるか。外国人は増えるだろう。それでいい。場合によれば、「北」の政権が倒れて、難民が押し寄せるだろう。それでいい。その時は我が老骨(?)にむち打ち、ハングルで、手助けしたいと思う。

監督:クロエ・ジャオ 出演:ジェシー・バックリー ポール・メスカル他

監督:クロエ・ジャオ 出演:ジェシー・バックリー ポール・メスカル他

次は、2020年に秀作「ノマドランド」を撮った中国系女性監督クロエ・ジャオの「ハムネット」。英国の文豪ウィリアム・シェイクスピアの妻アグネスの人間像を描き(森に居るのが好きで、鷹好き)、戯曲「ハムレット」誕生の経緯を描く。
「ロミオとジュリエット」を執筆する過程を描いた「恋におちたシェイクスピア」(1998)が、「陽の傑作」とすれば、今回の映画は「陰の傑作」と言えよう。甲乙つけがたい。

前者は心ウキウキしたが、今度の映画は、リアルで重い映画。ネタバレになるが、「ハムネット」という名の長男が病気で亡くなってしまう。16世紀、当時の人間たちは、今から見れば、無知で医学もほとんど存在しない、人がよく亡くなる時代を生きていたのだ。(この時代の不安感は、数年前のコロナ禍の自分たちの不安だった気もする)。

父親のウィルは、家族を残して田舎から都のロンドンに行っている。いつの時代にも存在する、オレの居場所は家庭でなく、創作にあると考えて、家族も捨てて一人文学修業をする姿が現代性を感じさせる。父親が子供を救えなかった。その鬱屈、後悔、絶望感が戯曲「ハムレット」に乗り移る。そこが面白い。

故郷で評判の芝居が上演されることになる。それまで、かなりアート的な演出だったのが、直線的グイグイのストレートな演出に変わる。芝居小屋で客席の一番前に妻アグネスは立つ。見ながら段々と芝居と一体化していく。主役のハムレットが剣で立ち回りをする時、子供のイメージがダブる。芝居は彼女の心さえ動かす。苦悩するハムレットに対して、彼女がいつの間にか手を伸ばすのがいい。
息子が芝居に存在している。苦悩する父親も存在する。その時、やっとアグネスの様々な想いが、こだわりが解け、息子の魂が天に召される。父親の哀しみが「芸術」へと昇華した。感銘を受けた。

アグネスを演じたジェシー・バックリーはアカデミー主演女優賞を受賞。夫役のポール・メスカルも良い。自身、舞台に俳優として出て来るが、かさぶた、ボロボロの衣装というのも泣かせた。

(by 新村豊三)

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