シーラカンスと言えば生きた化石として有名である。生きた化石とは太古の地質時代に生きていた祖先種の形状を色濃く残している生物を指す。賢明な読者諸氏には釈迦に説法ではあるが、発見された個体が太古の昔からずっと生き続けているわけではない。通常の生物同様に寿命があり、繁殖して世代をつないできた。さらには説明文の通り、祖先種の形状を色濃く残しているのであり、全く形状が変わっていないというわけでもない。あくまで、化石で出土した古代生物とそっくりなだけである。とはいえ、ほとんどの生物は化石で出土するような古代種と現生の種では大きく形状が違うことから、形状がほとんど変わらない生物がいること自体が驚きであり、それを生きた化石と呼んでいるのである。
私にはシーラカンスに関する苦い思い出がある。大学院入学試験の英語でシーラカンスが出てきたのである。もっとも、試験を受けている最中はシーラカンスのことだとは全くわからなかった。シーラカンスの英語の綴りは「coelacanth」で、試験中ずっと「コエラカンス」という不思議な生き物が出題されていると勘違いしていた。試験が終わった後に友人からシーラカンスのことだと聞いたときは唖然とした記憶がある。本来私にとってシーラカンスとは忌むべき存在であり、二度と話題に出したくなかった存在であった。なのに妄想旅ラジオで取り上げ、さらには今もエッセイを書いている。私はシーラカンスに取り憑かれているのかもしれないと、被害妄想まで出る始末である。
シーラカンスは今から約4億1600万年前から約3億5920万年前までの間で区分される古生代デボン紀に出現した。この頃は海洋生物が繁栄した時代とされ、アンモナイトや軟骨魚類であるサメ類もこの頃出現した。化石が世界のいたるところで発見されているシーラカンス類は、進化を続けながら世界中の浅海から深海まで生息域を拡大していたのだろう。
ところが、今から約6550万年前である白亜紀と古第三紀の境で突然絶滅してしまう。この時巨大隕石がメキシコのユカタン半島付近に落下して、衝突による細かい噴出物が地球全体を覆ってしまい、太陽光が遮られたことで植物が十分に育たずそれらを餌にしていた動物が死んでしまい、個体数では99%が、種数では75%が絶滅したとされている。この中にはみんな大好き恐竜も含まれている。
絶滅の原因は衝突による衝撃ではなく、その後の太陽光が遮られたことによる地球環境の変化である。太陽光が遮られると地上に到達する光の量が減少し、まずは気温が低下する。次に植物プランクトンの光合成が制限されてそれを食べる小動物の餌が減少する。更には、その小動物を食べる大型動物も餌不足で減少して、やがて絶滅するのである。
最近では1991年にフィリピンのピナツボ火山が噴火して、北半球では最大5%の太陽光が遮られ、平均0.5℃から0.6℃低下したといわれている。火山の噴煙でも約0.5℃の気温低下と5%の遮光が記録されているのだから、巨大隕石の衝突による影響は甚大だったと推測され、10℃から15℃の気温低下が10年程度続いたという試算がある。
このような中、シーラカンスはどうやって生き延びたのだろうか。ここで、我々はどうしても生き延びた者の視点でしかこの絶滅をとらえることができない。「どうやって生き延びたのか」と書いている時点でミスリードを誘っているわけだが、当時は色々な場所にシーラカンスの仲間が生息していたはずであり、それらのうちの現在生きているシーラカンスの先祖がたまたま生き残ったと考えるのが自然である。
例えば結婚相談所でお見合い相手を検索するとき、年齢35歳以下、年収500万円以上、身長170cm以上と入力すると50名くらいの候補者が現れる。更に条件を厳しく設定し、公務員、田舎暮らし可、趣味はダイビング、毎年1回は海外旅行に行く、親との同居可などの条件を付加していくと検索結果は限りなく0に近づく。それでも、一人くらいはもしかしたらいるかもしれない。我々はその一人について論じているのである。
検索条件を厳しくすればするほど残る人物の数は減少する。残った人物は検索条件に残るために何か追加の努力をしたわけではない。生物の絶滅も気候変動というインパクトに生き残れなかっただけで、たまたま条件に合致した生物だけが生き残るのである。今生き残っているシーラカンスは水深40mから600mの深海に生息している。深海は地上付近に比べて環境の変化が少ないと予想されるため、表層付近に棲息していた多くのシーラカンス類は絶滅し、たまたま深海に住んでいたシーラカンス類だけが生き残ったと考えるのが自然である。
現在日本では沼津港深海水族館やアクアマリンふくしまで「生きた化石、シーラカンス」として標本が展示されている。個人的には「死んでるやんか」と思ってしまった。ところが、ナショナルジオグラフィックでは本当に「“生きた化石” シーラカンス | ナショジオ」の泳ぐ様子がYoutubeで公開されている。神秘的な姿に取り憑かれること間違いなし。
(by ぐっちー)
※このエッセイ「妄想生き物紀行」第98回はポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」第98回「シーラカンス」と関連した内容です。「妄想旅ラジオ」は、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組(ポッドキャスト)です。そちらもお聴きになると一層お楽しみいただけますのでぜひどうぞ! ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。詳しい聴き方などは「妄想旅ラジオ」のブログを。
ぐっちー作「妄想生き物紀行」第98回「シーラカンス〜生きた化石に取り憑かれる」いかがでしたでしょうか。今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当・ホテル暴風雨オーナー雨こと斎藤雨梟です。
こんにちは!
はい、ぐっちーさんおすすめのYouTube動画を見て、まんまと取り憑かれました。シーラカンスが生きて泳ぐ姿を自宅で見られる時代が来るとは思いませんでした。あの独特のヒレの動きがね、それにフォルムも色も、もう神秘的で。Incredible! (と、撮影者と思しきダイバーが叫ぶシーンがあるのですが気持ちがわかります。
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