ぼくのデビュー作は『とんでいく』(こどものとも 2000年11月号)だ。
これは、しかけのないしかけ絵本である。普通のしかけ絵本は飛び出す絵本(ポップアップ)が典型的であるように、どこかしら切ったり貼ったりして、しかけの面白さを作っているが、『とんでいく』は切っても貼ってもいない。
しかけと呼べるものがあるとすれば次の絵だ。
このシルエットの鳥がだまし絵のように、右を向けばタカに、左を向けばガンに見えるのを利用して1冊に2つのお話が入っている。
左から読むタカの話と右から読むガンの子の話を、ぼくは「上り」「下り」と電車のように呼んでいる。
左右から読める絵本はたまにあるが多くは2つのパターンに分けられる。
一つはバス、電車など左右対称に近いものを主人公とする。
もう一つは、上下を逆転させると違う絵に見える「だまし絵」を用い、右から読むときと左から読むときでは絵本をひっくり返す。
どちらでもない、動物が主人公で、絵本をひっくり返さない「左右から読める絵本」はひょっとしたら世界にこれ一つかもしれない。少なくともぼくは他に知らない。
読み聞かせするとやはりしかけ部分への食いつきがすごい。
上り(タカの話)を読み終えたら、反対側の表紙を見せ、何食わぬ顔で「とんでいく。ぼく、ガンの子。ぐっすりお昼寝してたらね……」と下りを読み始める。ぽかんとしていた子どもたちがだんだんに気がついて、あっちこっちから「あ!」と声が上がる。これが快感なのだ。
あるとき親子対象の講演で『とんでいく』を読んだ。読み終わって、もう次の話題をしているころ、5歳くらいの男の子がとつぜん「わかった!」と叫んだ。立ってきて「さっきの鳥の本!」という。出してあげると「これはね、こっちから見るとタカで、こっちから見るとガンの子なんだよ!」と教えてくれるから嬉しくなった。
彼は話題が変わってからもずっと「なんかへんだな?」と考え続けていたのだ。
そうだね、そうだね、よくわかったね!(ぼくは知ってたけどね)
わからなかったことがある瞬間わかる。火花が散るようにわかる。こんな面白いことはそうそうない。
2001年に大教出版から韓国版が出た。2009年には「特選こどものともライブラリー版」としてハードカバー化された。残念ながら現在は品切れで入手困難。図書館か古書店で見つけていただけると嬉しい。
※追記:2020年4月1日、復刊しました! とんでいく (こどものとも絵本)
初刊行時、折込み付録「絵本のたのしみ」に載せた文章を再掲しておく。18年前はこんなことを書いていたのか。すっかり忘れていた。
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「一冊二鳥」
この話のタカはかなり強烈な性格です。特急列車であれ飛行機であれ、速そうな相手とみればもう競争心むきだし。雲のような自然現象に対してさえ、「おれの新記録をじゃまするつもりか」って捉え方。まったく自己中心的で、いくらか自己陶酔的でもあります。まあ、そうでなければ何の見返りもなく全力で飛んだりはしないでしょう。
金メダルがもらえるわけでなし、拍手喝采が待ってるわけでもなし、ただ「自分はこんなに速いんだ」という自己満足のためだけに、目をつりあげて頑張ってしまう。本人が大まじめであればあるほど、はたから見るとちょっと可笑しい。
こんなひと、案外身近にもいるような……。
一方、ガンの子。どうして迷子になったのでしょう。兄弟が多すぎておかあさんが数えそこねたのでしょうか。
「ひとりでかえれるもんね」――口ではそう言っても、心の中はどんなものだか。湖のうちからとんがり山まで、なかまと一緒に往復したことは何度もあります。でも、おとうさんやおかあさんの後ろ姿を見ながら飛ぶのと、ひとりで飛ぶのとでは大ちがい。見なれた山も町も、どこか遠い異国のようです。どこまでも続く広い空、心細くて、知らないひとにもふらっとついていってしまいそう……。
湖が見え、みんなの声が聞こえてきたとき、ガンの子はどんなにうれしかったことでしょう。不安をひとつ乗りこえると、あとには大きな自信が生まれます。「ぼくは、わたしは、こんなこともできるんだ!」
ちょうどまんなか、雲の中の見開きは、扇の要のようなポジションです。初めて読んでもらう子どもはきっと、タカならタカ、ガンならガン、同種の鳥がもう一羽現れたと思うでしょう。しかし、続けて反対方向も読んでもらったら? タカとガンの子がすれちがっているようにも見えてきます。
そう、二つのお話が入ったこの絵本で、唯一両主人公そろいぶみの場面があるとすれば、ここなのです。
『とんでいく』(作・風木一人 絵・岡崎立 こどものとも 2000年11月号 福音館書店)
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