20年ぶりのハードカバー化には理由があった
ぼくのデビュー作『とんでいく』(風木一人・さく 岡崎立・え)は福音館書店の月刊絵本シリーズ「こどものとも」の1作として世に出た。2000年11月号だった。
「こどものともシリーズ」は歴史のある月刊絵本で、『ぐりとぐら』をはじめ多くのベストセラー絵本がこのシリーズから生まれている。
書店購入も可能だが、メインは幼稚園・保育園を通じての定期購読だ。そういえばうちの子も園でソフトカバーの絵本をもらってきていたな、とご記憶の方も多いのではないだろうか。
月刊だから一年に12作の新作絵本が出て、その中からとくに人気のあるものが書店売りのハードカバーとして再発売される。
『とんでいく』は2000年にこどものともとして刊行され、今年2020年に単行本化されたから、じつに20年かかっている。
こどものともの単行本化は5年くらいかかるのはふつうだし、10年かかることもままあるが、さすがに20年はレアケースだ。
ぼくが知っている絵本では、これを上回るのは2作しかない。『なおみ』(谷川俊太郎・作 沢渡朔・写真)と『くいしんぼうのあおむしくん』(槇ひろし・作 前川欣三・画)である。2作ともこどものともでの刊行から単行本化までじつに25年かかっている。
お読みになった方はわかるだろうが、どちらも相当に個性的である。それぞれの意味で異色の絵本である。賛否分かれるといってもいい。それと市販化に25年かかったことにはたぶん関係があるのだろう(確かなところはわからないけれど)。
いつだって最初はひとりの情熱から始まる
福音館書店の中でどんなふうに単行本化作品が決まるのかぼくは知らないが、常識で考えて、20年前の作品に光があたるには何か理由というかきっかけがあるものだろう。
聞いてみたら、やっぱりそうだった。
福音館書店の販売部にNさんという方がいる。Nさんは家庭文庫活動をされている。家庭文庫というのは個人が蔵書を地域の子どもたちに開放し、ミニ図書館とする活動だ。
Nさんが家庭文庫で『とんでいく』を読み聞かせしたところ子どもたちの反応がとてもよかったそうだ。そこでNさんは、この絵本をもっとたくさんの子どもたちに届けたいと単行本化へ向け動き出す。
まずは販売部の上司・同僚を説得して会議を通し、さらに編集部との合同会議も通さなければならない。たくさんの単行本化候補がある中で20年前の(社内でも覚えている人の少ない)作品を推すのは大変だったに違いない。それでもNさんはやってくれた。
Nさんがいなければ『とんでいく』が20年ぶりに復活することはなかっただろう。どれほど感謝しても感謝しきれない。
1冊の絵本が世に出て読者のもとに届くにはじつにたくさんの人の力が必要だ。しかし、忘れてはいけないことがある。最初はひとりなのだ。いつだって最初はひとりの情熱から始まるのだ。
作者が自分の絵本のために全力をつくすのはある意味当り前だ。作者以外にその作品にほれこんでがんばってくれる人がいるかどうか。たった1人いるかどうか。これが大事なのだと思う。
新刊の場合はたぶん担当編集者だろう。今回のような再出版の場合も、誰かひとり「なんとしてもこの絵本を」と思ってくれる人がいてはじめて実現する。
絵本作家は長くやるとごほうびがある仕事
本は意外に長い命を持つ。ロングセラーが長い命を持つのは当り前だが、それ以外の新刊書店で買えなくなってしまった本も、図書館や古書店、園や学校の本棚、そしてもちろん購入した人の本棚で生きつづける。
20年近く書店で買えなかった『とんでいく』だが、再出版が決まったときネット検索してみたらこの絵本を愛してくれる人たちのたくさんの声が見つかり胸が熱くなった。
20年前の古い本をいまも読み聞かせに使っているという人もいれば、図書館で存在を知り再出版を待ち望んでいるという人もいた。
そんな中、最も印象深かったのは「Yahoo!知恵袋」だ。タイトルも作家名も忘れてしまったがこういう内容の絵本を探しているという質問が2度あって、2度ともなんと15分ほどで「それは『とんでいく』ですね」と正解が出ている!
探してくれた人がいるのもうれしいし、あっという間に答えてくれる人がいるのもうれしい。
書店で買えなかったあいだも『とんでいく』は生きていたのだ。
再発売が近づき福音館の人と宣伝等のための打合せをしたとき、宣伝課のUさんに紹介された。
宣伝課内でこの絵本の担当者を決める際、Uさんが真っ先に立候補してくれたという。理由を聞いて「うわぁ」となった。
5歳のときこどものともの『とんでいく』を読みずっと心に残っていて、「あの絵本が市販化されるならぜひ私が」と思ってくれたそうなのだ。
ありがたさをかみしめる。
20年とはそういう月日なのだ。
絵本作家は長くやるとごほうびのある仕事だとようやく少しわかってきた。
(by 風木一人)
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