老化と介護と神経科学26「発達段階と老化段階(番外編)」

先週の僕の連載を、風木オーナーがface bookで紹介してくれて、そこに読者の方がコメントしてくださいました。僕もコメントを返そうと思って考えているうちに、「こりゃ、コメントじゃなくて、連載1回分のネタだな」ということになって、今回の原稿ができました。

エリクソンによれば、アイデンティティというのは、「自分がどのような集団に属する人間なのか」ということですが、この、自分が属する集団というのは、要するに、サルにとっての群れじゃないかと思うのです。

ニホンザルをはじめ、多くのサル類は、群れを作って生活します。群れというのは、サルにとってとても大切なものです。みんなで餌を探したり、冬には体を寄せ合って「サル団子」を作って寒さをしのいだり。群れに属するというのは、自分の生存に関わってくることなのです。もちろん、敵対する群れと出会ったときなどは、皆群の仲間と一緒になって戦わなければなりません。また、群の中の序列には従わなければなりません。(サルの群れの序列は、昔考え
られていたほど厳しいものではないようですが。)

コドモも、もちろん群れで生まれ群れで育ちます。しかし、性成熟に達する4歳ごろになると、オスは群れを離れ、「ハナレザル」として単独生活を始めます。そのうちにどこかの群れに入るのですが、しばらくはひとり暮らしです。
性成熟に達したばかりの「青年期」に、入るべき群れを探してさまよい歩く。これって、まさに青年がアイデンティティを模索する姿ではないでしょうか。
山で、1匹でフラフラしている若いサルを見つけたら、「アイデンティティの葛藤を抱えているのだなあ」と思って、暖かく見守ってやりたいと思います(笑)。
ちなみに野生のニホンザルのオスは、一度群れに入っても、何年かするとまた群から出てハナレザルになるのだそうです。ヒトのオスでも、ひとところに落ち着けずに職を転々とする人がいますが、実はその方が自然で、一生涯一つの会社で勤め上げるなどと言うのは、不自然なことなのかもしれませんね。

ちなみに、ニホンザルの場合、ハナレザルになるのはオスです。メスは生まれた群れに留まります。チンパンジーも同様です。ボノボの場合、反対にメスが群れを離れ、他の群れに移るそうです。種によって、ハナレザルになる性が違っているというのが面白いですね。ヒトは両方、でしょうか?

さて、私はヒト(とくにオス)の老年期でアイデンティティの問題が重要なのではないかと考えているのですが、サルではとくに老年期になって群れの移動が目立つということはないようです。ヒトとサルでは、何が違うのでしょうか? それとも、老年期のアイデンティティの問題とは、人生で繰り返し起こるアイデンティティの問題が、たまたま老年期にも起こるだけなのでしょうか?

以前、ホテル暴風雨の別の連載で、ヒトと他の動物の大きな違いの一つは、遠い過去や将来のことを考える “mental time travel” の能力だと言う説を紹介したことがあります(「知恵の実を食べたアダムとイブはどうなったのか?」)。
サルやチンパンジーがいくら賢くても、「来週の水曜日に果物が入荷するから、それまでこのリンゴを大事に食べよう」などという考え方はしないのです。いや、できないのです。

ヒトは、過去や未来のことを考える能力があるおかげで、自分の生まれる前や自分が死んだ後のことまで考えられます。そのため、サルにとっては今自分が属している群れだけが大事だけれど、我々のアイデンティティには、現在この世界にいる人たちの集団だけでなく、我々が生まれる前や、死んだ後の人たちとのつながりも重要になる、私はそういうふうに考えます。
とくに老年期になって、自分の死が現実的なものとして意識されだすと、自分が生きている期間を超えた人々のつながり(たとえば家系)の中でのアイデンティの方が、現在生きている人々の中でのアイデンティティ以上に重要になってくるのではないでしょうか。
そう言う意味で、老年期には特有のアイデンティティの問題があるんじゃないでしょうか。

(by みやち)

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