心・脳・機械(20)動機づけ・依存・癖・職人技、そしてAI(その1)

前回の続きです。
情動との関連で動機づけ(モチベーション)の話が出てきたが、動機づけというのは、神経メカニズムとしては、依存症、癖、技術の習得などと共通するものがあり、またそのメカニズムをコンピュータに応用したものが、AIの一つの源流になっている。というわけで、今回は依存症の話。

情動と動機づけはとても関連している。怖いという情動を感じれば逃げ出そうという動機づけが働くし、好きだという情動が起これば手に入れようとする動機づけが働く。給料アップは嬉しいし、頑張って働こうという動機づけにもなる。これが普通だ。情動と動機づけはどちらも、動物が周囲の環境に適応して生きていくためになくてはならないメカニズムである。
ちなみに脳の部位としては、情動に関して中心的な役割を果たすのは、側頭葉の奥深くにある扁桃体(あるいは扁桃核)と呼ばれる場所で、動機づけの主役は、やはり大脳の奥(前頭葉及び頭頂葉の奥というべきか)にある、大脳基底核と総称される幾つかの神経核のグループだ。
情動と動機づけがいつも関連しあっているということは、扁桃核と大脳基底核の働きも関連しているということだろう。だが、情動とは関係なく、動機づけのメカニズムが暴走してしまうこともある。もちろんそれは、ある種の異常事態だ。だが、世の中ではかなり頻繁にそういう異常事態が起こっていて、社会問題にもなっている。いわゆる依存症である。麻薬や覚醒剤はもちろん、アルコールやタバコの依存症もある。そのような薬物、化学物質ばかりでなく、ギャンブル依存、盗癖、最近ではインターネットやテレビゲームへの依存も問題になっている。

依存を引き起こす物、あるいは行為というのは、少なくとも初めのうちは快情動を引き起こすものである。そうでなければそもそも依存は始まらないだろう。だが、依存が形成された後は、快情動のあるなしはほとんど問題にならなくなる。
私自身、十数年前までタバコを吸っていたので、この感じはよくわかる。昔々、「今日も元気だタバコがうまい」という専売公社のキャッチコピーがあったのを覚えているが、タバコというのは、決して「うまい」物ではない。少なくとも、料理が美味いとか酒が美味いというのと同じ意味で旨くはない。「気持ちが良い」という方が正しいような気がする。しかも、少なくとも私の場合、1日に10本以上吸っていたが、吸って「気持ち良いなあ」と感じたのは、1本か2本だった。あとの10本は、旨いわけでも気持ちが良いわけでもなく、吸わずにはいられないから吸うのだ。しかも、夜中にタバコが切れた時など、わざわざコンビニまで買いに行ったことも何度もある。それだけ苦労して吸ったタバコはさぞかし美味だろうと、普通なら思うところだが、別に美味でもないし、嬉しくもないのである。むしろ、「やめときゃよかったなあ。喉も痛いし」とか思いながらまた次の1本に火をつけるのだ。

動機づけというのは、人を駆り立てる物だ。それが、自分や他人のためになる行動に駆り立ててくれれば、たいへん結構なのだが(その場合は、「モチベーションが高い」と言われる)、具合の悪い方に駆り立てられると、「依存症」という診断が下るわけである。いや、たとえ良いことであっても、度を過ぎると「依存症」とか「中毒」と呼ばれたりする。「仕事中毒」が良い例である。
逆に、いわゆる感情障害(うつ病など)では、動機付けを置き去りにして情動が暴走していると言えるのではないだろうか。正常であれば、不快を感じたら、その状況から逃れようとする動機づけが働くはずである。ところがうつ状態では、不快を感じる(しかも異常に強く)ばかりで、不快から逃げるような行動が何も起こせなくなる。
やはり情動と動機付けには、きちんと協調して働いて欲しいものだ。

(by みやち)

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