土曜の朝の楽しみは朝日新聞の別刷り「be」を読むことだ。特に、なかなか普通の人が実践しないことにチャレンジしたり、あるいは社会的に貴重な活動に営々と取り組まれている全国の有名無名の人を紹介する「フロントランナー」が好きだ。へぇ面白いなあ、うわぁ立派だなあと思うことも多く、時にはその記事を保管したりする。
映画関係者が登場することも時々あり、古くは韓国映画の普及に努めたプロデュ―サー李鳳宇(リ・ポンウ)さん、世界に活躍する女優監督杉野希妃さん、昨年9月20日の回に紹介した映画監督濱口竜介さんが出た。そして、先月12月20日の「フロントランナー」は脚本家の渡辺あやさんだった。
渡辺さんは2004年の映画「ジョゼと虎と魚たち」でデビューし、映画だけでなくテレビドラマも執筆して来た。デビュー当時から島根在住であることは知っていたが、今度の「be」でさらに沢山のことを知ることが出来た。執筆依頼を99パーセント断っている、登場人物が頭の中に湧き上がるといった話は驚きだった。
さて、この記事にも載っていたが、渡辺さんの最新作が「逆光」という作品である。監督兼主役を務めるのはまだ25歳の須藤蓮。渡辺さんがシナリオを書いたNHKドラマ「ワンダーウォール」に須藤蓮が出演した縁がある(2019年7月20日の回で簡単に触れた)。
私は、須藤君の知り合いなので、「逆光」制作のクラウドファンディングに若干の寄付をした。
尾道が舞台の62分の中編。聞けば、二人で別の長編の製作を進めていたが、コロナで中止となり、この中編で地方ロケなら撮影が可能と考えて、尾道に行って昨年の春に撮ったものである。
時代は70年代。尾道から東京の大学に行った晃(須藤蓮)が先輩を連れて故郷に帰って来ての数日間を描く。晃の幼馴染みの看護婦文江(富山えり子 好演)や自然体の女の子みーこなどが登場する。
見ると、この映画に関しては「脚本」の映画と言うより、「演出」の映画ではないかと思った。アートで文芸映画的、繊細で豊かな映像が展開する。横長スクリーンを十全に使い空間の解放感がある。尾道の海、山、街がよく撮れている。海の青さ、人物たちの着る服の赤。色彩もよく考えられている。音楽は大友良英の静かでクリアーな弦の音楽。
盆踊りの外出の時、70年代を感じさせる若者の観念的で生硬な議論が飛び交う様子、そこに、親戚や周りの人が「ピカ」で死んだという生な声が挟まる様子の描写も悪くない。このシーンの前には、看護婦である文江の、原爆後遺症で亡くなってしまう若い子を看取る「エンゼルケア」の描写があるから、そのシーンも引き立つ。
ドラマが終盤せりあがる。抑制的ながら同性愛が入るところが、この映画の現代的なところである。晃と文江との会話が印象的。文江が「男の人が男の人を好いてくれるわけではないんよ」と諭す言葉、晃が三島の本の文章を引用して言う「反社会的な恋愛が文化に貢献する」という言葉。ここ、なんかいい。現代のLGBTに通じる、「様々な人の肯定」だと感じた。
公開の仕方がまたユニークだ。自主製作なので、劇場公開も自分たちのやり方を実践している。まず、制作に協力してくれた地元の人に見せたくて、最初の公開は尾道。満を持して12月の中旬から東京公開が始まっている。
さて、好きなドラマを一本。あまりテレビドラマを見ないのだが、知人から勧められてみた渡辺あやのNHKドラマ「今ここにある危機とぼくの好感度について」が抜群に面白かった。2021年4月5月に5回連続で放映されている。
神崎真(松坂桃李)は、テレビ局のアナウンサーを辞めて、出身大学国立帝都大の広報マンになる。大学では、理系教授の研究結果改ざんの内部告発、学生が開いたイベントの中止の説明、研究所から出たアフリカ蚊による新種の病気の発生など様々な問題が沸き起こる。
神崎自身が自分の好感度を上げる事ばかり気にして喋っても中身のあることを言わない奴だ。学生時代のゼミの先生が学長をしていることもあり、発生する問題を、時にうやむやに、時には真剣に、その場しのぎでなんとか解決させようとする。
少し戯画化されているが、大学にいそうな個性的なキャラ立ちの教授や理事たちが登場する。時に、厳しい大学の現実も提示される。登場人物は必死に、いい加減に、ドタバタ右往左往しながら行動する。しかし、喜劇の形を取りながら、底には「複雑な世界の中だが、少しでも、世界をよくしよう」と願うヒューマンさがある。そこが好きだ。
(by 新村豊三)