<赤ワシ探偵シリーズ番外編>山猫夜想曲◆第十一話「海底の街」

「この世の終わりみたいな顔をしているな」

殺される、というジョーの訴えを聞いても、磁天は真剣に受け止めていないようだった。むしろ、面白がっている様子だ。それを見て、ジョーの頭にカッと血がのぼった。

「てめえ、ひとごとだと思ってヘラヘラしやがって。舐めてんのか」

「そんなに死ぬのが怖いのかい」

磁天の口調は平坦だった。
見ると、磁天の目は糸のように細まって、身体は微動だにしない。岩のようにどっしりと腰を据えている。
急に、磁天の存在が、何かとてつもなく大きく恐ろしいものに感じられて、ジョーはゾッとした。半眼になった磁天の両目が、切れ味の鋭い二本の刀のように襲いかかり、一瞬で殺(や)られる――そんなイメージがフラッシュのように浮かんで消えた。

「フフ、冗談さ。命は大切にしな」

気がつくと、磁天の表情は元に戻っていた。精悍で、まなざしには力があるが、その瞳が放つ光は明るい。

「面を作ってやる。一緒に来い」

面? とジョーが聞き返す前に、磁天は立ち上がって泳ぎ出していた。
ジョーはあわてて後を追った。
さっきよりも、体をうまく使って泳げるようになっている。

部屋を出て廊下を抜け、建物の出口へ向かう。
来た時と逆コースをたどって、再び廃墟の上に出た。
青い水の底に、さまざまな形と大きさの建物が並んでいる。整然と、というわけではないが、その配置には知性を持った存在の意思が感じられた。建物と建物の間に立つたくさんの彫像は、貝と海藻にびっしり覆われて、細部はわからない。
そうやって見分けることのできる物体の隙間には、ぼんやりとした闇が不気味にわだかまっている。

「ここは一体なんなんだ」

ジョーは泳ぎながらつぶやいた。半ばひとりごとのつもりだったのだが、斜め前の磁天が振り返った。

(大昔の文明の跡さ)

その答えの内容にはそれほど驚きはなかった。あきらかに、自然界に偶然できたものではないからだ。
違和感は、磁天の声の響きにあった。まるで、頭の中に直接届くようなのだ。

「どれくらい昔なんだ?」

ジョーが、ありきたりな質問をすると、また同じ、頭に響く声が返ってきた。

(ホウ、オレの「思声」が聞こえるのか)

「しせい?」

(声を出さずに、思ったことをやりとりできるのさ。できるやつとできないやつがいる。オレに話しかけるつもりで、頭ン中でしゃべってみな。これができりゃ、オマエがボスの息子を見つけられる可能性がちっと高くなる)

(どういうことだ、それは?)

ジョーは言われた通りにしてみた。すぐに答えが返ってきた。

(できるじゃねえか。オマエがボスの息子を見つけられる可能性が高くなると言ったのは、農場ではみんなナマコ面をつけていて、誰が誰か見分けることができないからさ。作業員同士の私語も禁じられている。そこで思声が役に立つ。チエクラゲどもには思声は聞こえないからな)

(なるほど、そういうことか)

ジョーは相槌を打った。
磁天がなぜそこまで協力してくれるのかという疑問を持ち始めていたが、当分は黙っておこうと思った。

磁天が降下していき、ある大きな岩のかげに降り立った。

(このあたりの岩でナマコ面のニセモノを作る。ゴツゴツした岩肌がナマコにそっくりなんだ)

磁天は「思声」でそう言うと、ズボンの裾から小さなナイフを取り出し、岩に突き立てた。

挿絵:服部奈々子

挿絵:服部奈々子

(第十二話へ続く)

(by 芳納珪)

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