<赤ワシ探偵シリーズ番外編>山猫夜想曲◆第十六話「死の恐怖」

挿絵:服部奈々子

挿絵:服部奈々子

ジョーは血相を変えて磁天を見た。

「機能を停止って、どういうことだ」

磁天は腕を組み、落ち着き払って答えた。

「オマエが元の身体を離れて農場に来てからすでに三日たっている。今のオマエは霊体だから、腹が減ることはない。しかし身体の方は栄養の補給が必要だ。三日間飲まず食わずだと、そろそろヤバい。そっちの坊ちゃんの身体は手厚く管理されているようだから大丈夫だろうがな」

磁天の言葉を聞いているうちに、ジョーの全身の毛がブワッと逆立った。そして我を忘れたように、磁天に向かって突進した。

「てめえ、なぜそれを早く言わなかった!」

ジョーに胸ぐらをつかまれても、磁天は少しも動じることはなかった。

「言ったら、オマエはジャックを探そうとしたか?」

ジョーはハッとして、動きを止めた。磁天は畳みかけた。

「死ぬのが怖くて、自分だけ先に帰ろうとしたんじゃねえか? あのときのオマエは死の恐怖に支配されていたからな」

ジョーは「ぐうっ」と喉の奥で唸った。磁天と初めて会ったとき、「俺だけが無事に戻ったら、俺はボスに殺されるだろう」と思わず言ってしまったことを思い出したのだ。そのあと磁天に「そんなに死ぬのが怖いのかい」と見透かされたことも。
たしかにあのとき、ジョーは恐怖にかられていた。

「ぐぐぐ…」

図星をさされて、何も言い返すことができない。ここで感情をあらわにしたら、磁天の指摘を補強するだけになってしまう。

「あ、あの」

おずおずとした声が、対峙する二人のあいだに割って入った。ジャックが、申し訳なさそうな目で見上げていた。

「ぼくのことは気にしないで、どうぞひとりで帰ってください。もともとあなたはぼくを捜しに来たわけじゃなくて、人体クラゲ化の治療方法を知るために来たんでしょう? だったら、もっともらしい治療方法をでっち上げて、あの人たちに教えたらいいんじゃないですか? それで、ケースに保管されているぼくの身体がいっこうに元に戻らないことを指摘されたら、やり方が悪いとかもっと時間がかかるとか言いつづければいいんです。ぼくが上手くいくようなシナリオをつくってあげますよ」

ジョーは磁天から手を離し、大きく深呼吸してから、ジャックに向き合った。どなったりしたら、これもまた、ただの八つ当たりだ。

「驚いたな。お前、詐欺師になって大儲けができるぜ。だがな、仮にヤツらが俺の言葉を信じたとしてもだ、ケースの中のクラゲ化したお前が元に戻らなければ、次は別の方法を考えるんじゃないか? つまり、お前の脳にある秘密情報だけを取り出す方法を、だ。ヤツらにとって大事なのはそれだからな。お前の生命ではなく」

ジャックは少しだけ困ったような顔をした。

「それはそうですけど……。でも、そのときはそのときです。ケースの中の身体が死ねば、このぼくも死んでしまうんでしょうけど、ぼくはあの家を出て、ここに来られただけで満足です。さっきちょっと話してくれた『自由気ままな暮らし』っていうのも、少しは興味ありますけど、どんな人だって、望んだことを全て経験できるわけじゃないでしょう?」

ジョーはしばらく沈黙した。なんと言おうかと、考えをまとめていたのだ。やがて彼は口を開いた。

「なあ、たしかに俺は死ぬのが怖いさ。だがな、それは生きたいからだ。普段は何も思わねえけど、死ぬような目に会った瞬間には、強烈に怖い、嫌だと感じる。お前はまだそんな目にあったこともねえんだろう。俺はこれだけは言えるがな、死んじまってからじゃ遅いんだぜ」

ジョーの言葉が終わっても、ジャックはその意味を噛み砕くように、丸い目をじっとみはっていた。
ふと、その耳がピクリと動いた。

(第十七話へ続く)

(by 芳納珪)

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