図書館の扉の前でガラス瓶から放たれた俺たちは、我先にと扉の隙間から侵入した。
古びた書物の芳しい香りに、くらっとする。
大きな部屋の四方の壁が、すべて書棚になっている。高い天井には壮麗な天井画が描かれ、どこもかしこも見事な装飾が施されている。
だが、それらをのんびり鑑賞しているわけにはいかない。目指すは、奥の閉架書庫だ。
「フロメラ・フラニカ」。
俺たちは、その言葉の意味を知るために、がぜん張り切っていた。
あらゆることを知りたいと思うのが、紙魚の本能だ。
知らないことがあるというのは、紙魚にとっては恥ずべきことであり、同時に探究心を燃え上がらせることだった。
閉架書庫の扉の隙間を通り抜けた。
手前の部屋と違って、装飾のないシンプルな書棚が、ぎっしりと並んでいる。
よだれが出そうな、発酵したパルプと鉱物インクの匂い。
はやる気持ちを抑えながら、俺たちは素早く触角を擦り合わせて合議した。
「俺は歴史を」
「わしは技術を」
「ぼくは芸術を」
担当を決めると、すぐに走り出す。
俺は歴史の棚を片っ端から調べながら、警戒を怠らなかった。
赤ワシ探偵も気をつけろと言っていた「やつら」……死番虫(シバンムシ)と、いつ鉢合わせするかわからないからだ。
しばらくは順調に調べ物ができたが、73冊目の『小惑星帯開発史』の中に入ったとき、俺は、ついに「やつら」と出くわした。
やたらと数だけは多い、小さないやらしい連中だ。
世間では、紙魚と死番虫は同じ虫のように思われているが、断じて違う。
確かに俺たちも、探偵事務所にあるブリタニカ百科事典を食料としてありがたくいただいている。しかしあれは、調査の報酬として探偵から受け取った、俺たちの私物だ。しかも、すべてを読んで記憶した上で、少しずつ舐めるようにいただいている。
図書館の蔵書に手をつけるようなまねは、俺たちは決してしない。
にっくき死番虫どもは、誰の持ち物だろうが、そこに何が書いてあろうがお構いなく、土の中にトンネルを掘るように、無造作に書物を食い破っていくのだ。
浅ましいやつらめ! 俺は怒りに燃えて、死番虫の群れに向かって行った。
やつらの方が体はずっと小さいが、強いアゴを持っている。俺は次々とあらわれる死番虫をちぎっては投げ、ちぎっては投げしていたが、ちょっと油断したすきに、脚にかみつかれてしまった。それを機に、四方からどっと襲いかかってきた。
くそっ! こんなやつらに負けるわけにはいかない。だが、すでにあちこちにかみついた死番虫は、ちょっとやそっとでは離れない。体じゅうに激痛が走り、気が遠くなっていく。
もうダメか、と諦めかけたときだった。
俺にかみついていた死番虫が、次々にはがされていった。
「しっかりしろ!」
遠のきかけていた意識が、叱咤により引き戻された。俺は目を開けて、声の主を見た。「技術」の棚を調べていた、仲間の紙魚だった。
彼は俺に肩を貸し、死番虫の巣窟から連れ出してくれた。
「助かった。礼を言うぜ」
「いいってことよ。それより、わかったぜ。『フロメラ・フラニカ』の意味が」
「なにっ、本当か!?」
(第七話に続く)
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