私は息を飲んだ。
むせ返るような色彩と、甘い香りの洪水。
めまいがするほどの、生命の喜び。
扉の向こうに広がっていたのは、眩いばかりの花園だった。
「……これが『フロメラ・フラニカ』なのか」
「きみは優秀な探偵だな。そのコードネームを知っているとは」
アマト・エースの声で、我に返った。あやうく仕事を忘れるところだった。
私は重々しく告げた。
「あなたの研究が素晴らしいのはわかった。しかし、私は花恵さんに会いにきたのだ」
「彼女を連れ戻すのかね」
「可能ならば、ですが。実際、お加減はいかがなのですか?」
「きみから、直接聞いてみるといい」
アマト・エースはそう言うと、花園の中に踏み出した。例によってついて行く。コップ型ロボットもぞろぞろとついてくる。
そこは、小惑星をくりぬいて作った円筒形の大空間だった。小惑星全体を回転させることによって得られる遠心力が擬似重力となるので、円筒の内側の壁が「地面」となる。
今まで我々がいたのは、その「地面」に建っている建物だった。
我々は、細い小径を歩いた。両側には、さまざまな種類の花が咲き乱れている。
花園はかなりの広さがあったが、その外側はむき出しの岩盤になっていた。
出てきた建物と、花園の限界の中間点あたりに、ドーム状の透明な建造物があった。
そのドームに向かって歩きながら、アマト・エースは世間話でもするように言った。
「私の先祖はきみたちを作った」
あまりにも軽い口調だったので、反射的に聞き返さずにはいられなかった。
「なんだって?」
「遠い昔、環境汚染された地球で生きのびるために、人間の体に様々な生物の遺伝子を組み込んで強化する研究が行われた。ところがあるとき、研究所で事故が起こり、被験体が大量に逃げ出した。彼らはまたたく間に繁殖し、人間と混血していった。旺盛な生命力を発揮して立体都市を作り、水星や金星や火星にも進出した。その子孫がきみたちだ。いま『原地球人』と呼ばれているのは、そのとき研究所にいた科学者たちの子孫だ。天然の地球人の遺伝子を保存するために、『強化人』との混血を拒んできたのだ。果たしてそれが意味のあることだったのか、今となってはわからない。われわれの数はある時期から減り続け、今ではとても少なくなってしまった」
ちょうどそこでドームに到着したので、私はホッとした。こんなとほうもないホラ話を延々聞かされてはたまらない。
扉を開けて中に入ると、外にあるのよりも大ぶりな花が、鉢植えにされて、台の上に並んでいた。50鉢ほどもあるだろうか。
赤、白、黄色、紫、橙。
可憐な一重、豪華な八重、優美な喇叭型。
色も形もさまざまだ。
その手前には、鉢の数と同じくらいの映像モニターが並んでいる。モニターの後ろからコードが伸びて、一つ一つの鉢につながっているようだった。
奥に行ったアマト・エースが、そこで何かを操作すると、全てのモニターがぼんやりと明るくなった。
像が現れ、だんだんとはっきりしてくる。
やがて、50個のモニターに、同じ像が映じた。
(これは……まさか)
とつぜん、ホラ話としか思えなかったさっきのアマト・エースの話の意味を理解して、背筋が凍りついた。
モニターに映っているのは、花模様のドレスをまとった原地球人の女性。
水星人の妻、花恵だった。
(第十四話に続く)
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