〈赤ワシ探偵シリーズ2〉ニフェ・アテス第六話「西6塔」

「シロ探しの依頼、承った」私はうなずいた。
「本当に、同行してもいいのでしょうか」
「店を休みにできるのなら」
「構いません。どうせ閑古鳥です」
「報酬は、今回の事件(ヤマ)に関する情報と、溜まっているツケでどうかな」
「結構ですとも。もちろん、今後ともご贔屓にしていただけますね」
ジョーの左目に、かすかに例の光がきらめいた。次の踏み倒しは許さない、という無言の圧力だ。私は内心冷や汗をかく思いだった。

「早速だが、シロの行き先について心当たりはあるかね」
「いいえ……結局あいつは、自分の身の上については何も話しませんでした」
「彼が使っていた部屋を見せてもらえるかな」

ジョーは快く承諾し、店の奥にある住居へと案内してくれた。シロが起居していたのは、ふだん楽器置き場として使っている部屋だった。
所狭しと置かれたギターやバイオリン、鉄琴、太鼓、その他さまざまな弦楽器や管楽器。どれもチリひとつついていない。毎日手入れをしているのだろう。それらの楽器を除けて作ったスペースに、ベッドがわりのマットがひとつ置いてあった。一方の端にきちんと畳んだ夏掛けと、枕がわりと思われるクッションが重ねられている。
クッションの下をさぐると、紙切れが出てきた。そこに、きちょうめんな文字でこう書かれていた。

[たいへんお世話になりました。だまって出て行く非礼をどうかお許しください。すべてが終わったあと、お礼は必ずします]

「すべてが終わったあと……あいつ、何をするつもりなんだ」
ジョーは紙切れを見つめたまま、呆然と呟いた。
そのあと、二人で部屋の中をくまなく調べたが、シロの行方の手がかりになりそうなものは何もなかった。
私は、うなだれるジョーの肩に手を置いて励ました。

「私に考えがある。明日の朝まで待ってくれないか。今日のところはこれで解散としよう」

翌朝、私はジョーのところへ出向き、目星がついたと告げた。ジョーは目を輝かせてついてきた。

挿絵:服部奈々子

挿絵:服部奈々子

トキ市は、複数の街塔が集合した立体都市だ。街塔は7本ずつ、2つのまとまりになっていて、それぞれ西区と東区と呼ばれている。中心にある太い街塔を、それよりも少し細い6本の街塔が取り囲み、街塔どうしは歩廊でつながっている。垂直方向の構造を見ると、最上階の301階から201階までが上層、200階から101階までが中層、それより下が下層だ。下層にエレベーターはない(昔はあったらしい)。レッドイーグル探偵社や山猫軒があるのは西5塔の143階である。

西5塔の外側へ向けて歩きながら、私は説明した。

「シロが考古省——の下請け会社に提出した住所は、もちろんデタラメだった。一応調べたが、その場所は烏賊(イカ)レースの券売所で、住人はいない。
シロが働いていた発掘現場は東区の70階付近だ。なのに彼は、なぜ西区まできたのか。それから、発掘現場を抜け出したあと、101階までは歩いて登ったとしても、そこから上はエレベーターがある。東区から西区へは、外れから外れまで歩いたとしても半日もかからない。その移動だけで、なぜ健康な若者が行き倒れるほどふらふらになったのか。さらに、ギターを爪弾いていたときの思いつめた様子。それらを総合して——ひとつの仮説を立てた」

「どんな仮説です?」
「葬儀屋をあたったのさ」
「……なるほど。シロは西区にいる身内に会いに行き、それと前後してその身内は亡くなった。弔いもそこそこに、何かの使命感に燃えてふたたび旅だったが、途中で力尽きたと。葬式ほど心身ともに疲労するものはありませんからな」
「彼が発掘現場から失踪したあと、山猫軒の近くでおまえさんと遭遇するまでに、西区の143階で葬式を出した家は3軒あった」
「それを夜のあいだに調べ上げたとは。さすがです」

もちろん、その「調査」は我が社の優秀なリサーチャーがやったのだ。昨夜ジョーと別れたあと、私は紙魚(しみ)の群れをガラス瓶に入れて運び、葬儀屋の入口の隙間から中へ放った。紙と知識を糧にして生きる彼らの存在は、ジョーにも秘密にしてある。

私たちは、西5塔から、歩廊を渡って西6塔へ来ていた。北側にあるので全体に薄暗く、うらぶれた感じが漂っている。
傾き、錆びついた住宅が軒をつらねる路地に入り、ひとつのドアの前で足を止めた。呼び鈴の上に、喪中を表す黒い札がかかっていた。

「アレキセイ・トトノフスキイ。銀猫人の音楽史研究者で、すぐれた作曲家でもあった」
私は、祈るような気持ちで告げた。

(第七話へ続く)

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