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夕食を食べているうちに日は暮れ、鳥たちは一羽また一羽とねぐらへ帰っていった。
最後の一羽が「食器はバスケットに入れて勝手口の外に出しておいてください」と言い残して飛び立っていくと、静寂が訪れた。
本当に静かだ。私の自宅は大家さんの家の二階なので、階下から笑い声が聞こえたりするけれど、この民泊は国の基準を守って一軒に一人しか泊めないので、隣の家から会話が聞こえることもない。
カモミールティを飲みながら、しばらくぼうっとした。
いつのまにか、テーブルの端に、ずんぐりしたモノトーンの、大きめの鳥がじっとしていた。
ゴイサギだ。さっき見た本の中にあった。夜行性なので、日が落ちた後にやってきたのだ。
彫像のように動かず、まるい目はどこを見ているのかわからない。
「こんばんは」
私は初めて自分から鳥に話しかけた。鳥はククッと首を傾げて「こんばんは」と返してきた。
「ごはん美味しかったよ」
「五班を医師勝ったよ」
「……」
こちらの言葉を返すだけの鳥なのだろうか。
だけど、イントネーションのせいなのか、違う意味に聞こえるような気がする。
「自転車で来たから少し疲れたよ」
「事典、社で北カラス腰突かれたよ」
やっぱり違う。ちょっと面白くなって、話を続けることにした。
「あのね、私ね」
「あの根は足しね」
「告白したの」
「酷薄したの」
なんかサスペンスっぽい。
「そしたら振られた」
「阻止たラフられた」
「だからこれ傷心旅行かな」
「駄唐子レ小深慮こうかな」
もちろん傷心旅行なんかじゃない。ネットでやってる昔のドラマでそんな話を見ただけ。
そのころは、振られたら旅行するものだったらしい。
Ren-Aiサイトでは、「告白」を押したら相手とのトーク画面に移るか、「残念! あなたは振られました」のメッセージが出るか、二つに一つ。知らない人とトークするのめんどくさいなと思ってたから、振られてホッとした。
最近ネットを見てると、やたらにこのRen-Aiサイトの広告が出てくるから、ためしに一度だけアクセスしてみたのだ。
どうやらこのサイト、政府が推進してるらしい。
二十年前に世界中で大流行し、未だに有効なワクチンが完成していない感染症のせいで、人間同士はなるべく会わないほうがいいということになった。
集会は禁止され、行楽地の混雑を緩和するため休日は家族ごとに曜日を割りあてられた。
家族以外の人と知り合うことがそれ以前に比べて格段に少なくなり、結婚する人が減り、出生数がすごく減った。このままいったら、千年後に人類は最後の一人になる。
……と、以前オンライン授業で習った。
でも、千年後ってずいぶん先だし。少なくとも今、私なんにも困ってない。
人間が減るのが問題だと言われても正直実感がわかないし、自分の家族を持つことを想像してみることはあるけど、毎回、一人の方がいいという結論になる。
一日六時間オンライン作業すればベーシックポイントをもらえて、生活必需品と交換できる。もっと作業すれば、生活必需品以外にも使えるプレミアムポイントをもらえるけど、ネットには無料のコンテンツがいくらでもあるから、ベーシックだけでじゅうぶん。こんな今の生活、かなり気に入ってる。
ゴイサギとはそれからもう少し話したけど、やっぱり意味のある会話はできないみたいだった。私が話しかけなくなると、しばらくして鳥用扉からきゅうくつそうに出ていった。
私は書斎へ行ってカウチに寝転び、ゴーグルに映画を呼び出した。今、七十年ぐらい前の日本映画にハマっている。好きとか嫌いとかで人を殺したりするなんて発想がすごい。ま、フィクションだけど。
自転車を漕ぐのは疲れたけど、旅行、思ったより面白いかも。
持て余していたプレミアムポイントも使えたし。
帰ったら、ここを教えてくれたヒヨドリにお礼を言おう。
鳥が知能を持ったのは、人間に流行した例のウィルスとは別のウィルスの作用らしい。鳥は海を越えて渡りをするから、世界中の鳥がその知能ウィルスに感染した。
ウィルスというものはすごい速度で変異するので、やがて人間以上の知能を持った鳥があらわれても、少しもおかしくない。
鳥って人類よりも数多いんでしょ。
じゃあ、どう考えたって次は鳥っしょ。
明日の鳥の街見学ツアー、楽しみだな。
(了)
~作者よりひとこと~ 芳納珪
この『鳥の民泊』は、2020年5月ごろ、新型コロナウィルス緊急事態宣言の真っ最中に書いたものです。感情が石のように動かない感じ、画面越しのコミュニケーションのもどかしさ、実は自分以外の人間はもういなくなってしまっているんじゃないかというような現実感のなさ、などを記録する気持ちで書きました。
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