栞の木(3)by 芳納珪

翌朝、朝食を終えるとすぐに、また車で駅まで送ってもらった。他の泊り客は二、三組いるようだったけど、車に乗ったのは私一人だった。
温泉街なのだから、一泊で帰るとしても、もう少しのんびりするのがふつうだろう。だけど、昨日の迎えのときも運転手だったおじさんは、怪訝な顔もせず、にこやかに送り出してくれた。

目的の駅まではたった二駅だけど、駅間がやたらに長かった。
二両だけの列車を降りたのは、これもまた私一人だった。
雑草が茂るホームには、いい感じに錆びついた駅名表示板と、小さな建物があった。そこが改札かと思ったらただの待合室で、外の壁に「使用ずみの切符をお入れください」と書かれた箱が備え付けてあった。

時刻表を見ると、帰りの終電は七時二十六分。その下の空白を見つめて、少し緊張する。
歩きはじめてしばらくして、不安がしのびよってきた。
これ、山登りじゃん?
一応、車も通れる舗装道路で、ときどき小さな集落があるけど、基本的に山の中だ。けっこうきつい登りにもなったりする。
ちょうど一時間歩いたところで舗装道路は終わった。

地図サイトでは、駅からY町まで所要一時間と出た。
だけど、まだ行程の三分の一ぐらいのはず。ひょっとして、標高差は計算に入ってないのかな。しまった。
道路の終わりは車がUターンするためだろう、広場のようになっていて、その奥に舗装されていない細道の入り口があった。
私はそこへ腰を下ろして、休憩した。

水筒の水を飲んで空を見上げると、今日も見事な秋晴れだ。
かたわらで揺れる白いコスモスに、真っ赤なトンボが飛んできてとまった。
ハイキングコースというわけでもないらしく、観光客の姿はない。それどころか、見える範囲に人は一人もいない。
道の途中でも、車とは何台かすれ違ったけど、歩いている人は見なかった。

この先へ行っても大丈夫なのかな。
赤トンボを眺めていても答えは出そうになかったので、リュックから峯浦蒼風の文庫本をとり出した。あの緑色の栞は、ページの間にお行儀よく収まっている。
ちょっと厚手の栞だと、本を開いた瞬間にはらりと落ちてしまったりすることもあるけど、この栞はそんなふうにはならない。

栞を手にとって、青空に透かしてみた。
緑色の葉脈が、血管みたいに思えてくる。
手のひらを太陽に……という歌があったっけ。

 挿絵:服部奈々子

挿絵:服部奈々子

駅に戻っても、次の電車が来るまで三時間。
だったら前へ進もう。一応、菓子パンとお菓子は持っている。
栞をまた本に挟んでリュックにしまうと、立ち上がって細道に足を踏み入れた。

結局、Y町まではさらに二時間かかった。
人家が見えたときは、ホッとして膝の力が抜けそうになったくらいだ。

町、というか集落の中に入ったとたん、祭りだ、と思った。

――――つづく

(by 芳納珪)

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