フーテンの寅さんは、ホテルに宿泊したことがあるか?

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「ホテル文学を語る」というお題であるから、やはりここは、ホテル嫌いで、絶対にホテルになんか泊まらない男のことを書かずばなるまい。

映画「男はつらいよ」第1作 監督:山田洋次 出演:渥美清 倍賞千恵子ほか

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姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅といえば、言わずと知れた、映画「男はつらいよ」シリーズの主人公である。
東京は葛飾柴又の生まれ。だが生まれ育った実家にはほとんど居着かず、日本全国を旅しながら、テキ屋稼業で暮らしている。
昭和44年の第1作から平成7年の第48作まで、いつも旅をし、旅先で美女に惚れ、いい感じになるが最後は振られ、また旅に出る。究極のワンパターン映画である。同一の主演俳優(渥美清)の演じるシリーズ映画としては世界最長だそうだ。

寅さんは、洋式なものが嫌いである。朝食には白いご飯と味噌汁がないと気にくわないし、洋式便所なんてもってのほか。ベッドも嫌い。当然ホテルなんてものはまっぴら。旅先での宿はいつも旅館である。金がないから場末の安宿か民宿。時には田舎で親切な人の家に泊めてもらうこともある。

昭和も終わり近くなると、ビジネスホテルというものが現れ、安旅館は消えていく。寅さんにとってはピンチである。昭和58年の第31作では、定食屋のおばちゃんに安い宿はないかと尋ね、「駅前にビジネスがある」と言われ、「俺、ビジネスはどうもなあ、、、」と言って困っていた。
後期の作品では、人の家に泊めてもらうパターンが増え、旅館に泊まっても、結構高級そうな温泉旅館だったりしたのは、たぶんロケにふさわしい安旅館を見つけることが難しくなったからではないだろうか。

27年間、全48作、寅さんは旅をし続け、恋をし続け、失恋をし続け、大いなるワンパターンを続けたが、次第に変わって行ったこともある。
初期の寅さんは、本当に無茶苦茶で、乱暴だった。見栄を張って仲間を集めて実家で大宴会を開いておいて、その支払いを堅気の伯父さんたちにさせたり、気分次第で弟分を殴ったり、好きな女性の前で見栄を張るために嘘をついたり。
不行跡をたしなめられると機嫌を悪くしてプイと出て行ってしまう。人情には厚いが、常識を知らない乱暴者の風来坊、それが寅さんだった。

だが、歳をとるにつれて、だんだん悪いことをしなくなり、乱暴でなくなり、人情に厚く弱者に優しい仏さまのような人物になっていった。私は、後期の作品も好きだが、やはり若い頃の、乱暴で無茶苦茶な寅さんが好きだ。乱暴で無茶苦茶で家族に迷惑ばかりかける男が、それでも家族や周囲から愛され続ける、そういう物語も、あって良いのではないだろうか。

「男はつらいよ」最終作では寅さんが死ぬことになっていたと噂されるが、これは渥美の死で製作されず、代わりに作られた「特別編」では、寅さんの甥の満男が「おじさんは今頃どこを旅しているのだろう」とつぶやいていたから、寅さんはその後も、おそらく今も、日本のどこかを旅しているはずである。渥美は死して寅を残したのである。
渥美の肉体から解き放たれた寅さんは、また若い頃のように無茶苦茶をし、人々に迷惑と笑いと少しの涙を振りまきながら旅をしているだろうか。

さて、最後に打ち明けておくと、寅さんはたった一度だけ、ホテルに泊まったことがある。他に選択肢がなかったのだ。なぜなら、そこがウィーンだったから。第41作「寅次郎心の旅路」(平成元年)、マドンナ役は竹下景子。主要な場面は全てウィーンでの撮影。時はバブル、松竹も太っ腹だったのだ。

「男はつらいよ寅次郎心の旅路」監督:山田洋次 出演:渥美清 竹下景子 倍賞千恵子

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