電車 居眠り 夢うつつ 第55回 いまさら「進撃の巨人」

先日、初めて「進撃の巨人」のアニメを見た。テレビアニメの初回放送が2013年だったそうだから、7年遅れだ。とくに見たいと思っていたわけではない。NHKで放送された「未来少年コナン」(1978年に放送された宮崎駿監督のテレビアニメ)の再放送を毎週見ていたら、その終了後に「進撃」が始まったので、ちょっと見てみようかなと思ったわけだ。

「コナン」の後に「進撃」を放送しようと考えた人のセンスは、なかなかのものだと思う。どちらの作品も、何らかの理由で人類の文明社会が崩壊した後の、生き残った少数の人々の物語なのだが、雰囲気はまるで違う。
「コナン」では、最終戦争で人類の大半は死に、五大陸は海に沈んだ。わずかに残った島々に、生き残った人々が暮らしている。主人公の少年コナンは、小さな島でおじいさんと二人暮らし。毎日元気に狩猟採集生活をしている。ある島では、人々が村を作って農業をやっている。また別の島では、生き残った都市の科学力を独占して、人類の支配者になろうとしている悪者(レプカ)がいる。ひょんなことからそういった文明化された島に行った、コナンをはじめとする元気な少年たちが、レプカをやっつけて、さあこれからみんなで良い社会を作りましょうというところで物語は終わる。全編を通じて、とにかく明るい物語だ。

「進撃」について私が説明するのも何なのだが、「コナン」と比較するために、簡単にまとめてみる。地球を支配していた人類がその地位を失った原因は、人を喰う謎の巨人の出現だ。巨人の襲撃を生き延びた人々は、高い壁に囲まれた都市を建設し、その中でともかくも平和な生活を始め、100年が経った。あるときに、特に巨大な巨人によって壁が破られたことから、その平和は崩れ、人間と巨人の戦いが始まる。地球の支配権と文明の大部分を失った人類の生き残りの生き様を描くという点は共通だが、二つの作品の雰囲気は全く違う。一言で言えば、「コナン」は明るく、「進撃」は暗い。他にも対照的な点がいくつかある。

「コナン」では、戦争という分かりやすい原因で文明が失われるのに対し、「進撃」で人類文明を壊すのは、得体の知れない巨人たちだ。巨人は、大きく、強力で、生命力が強い。そして恐ろしい。
「コナン」で、生き残った人々を苦しめるのは、レプカという人間だ。悪人だが、彼を動かすのは権力欲というわかりやすい欲望で、損得には敏感だ。だから、時には交渉も通じる。冷酷で、しぶとく、したたかだが、たかだか人間である。一方の「進撃」で、人々を脅かすのは不気味な巨人たちだ。巨人は、人間を食べる。しかも、生きるために食べるわけではない。理由もなく食べるのだ。理屈も何もない。言葉も通じない。しかも、物語が進むにつれて、それまでとは違う新しいタイプの巨人が現れる。ある程度巨人のことが分かったと思うたびに、また訳の分からない巨人が登場するのだ。幸運や成功もあるが、きっとまた悪いことが起こるんだろうな、という感じがいつも付き纏う。「コナン」では、次々に過去の科学文明の遺産が登場する。手漕ぎ舟では遠い島にはいけないなあと思うと「フライングマシン」が見つかる、という具合だ。どんなに困っても、頑張ればきっと解決できるという希望が常にある。
二つの作品の雰囲気の違いは、まさに1978年と2013年という二つの時代の雰囲気の違いのように思えてならない。

本当は、「進撃」に出てくる壁の話を書こうと思っていたのだが、だいぶん長くなってしまったので、次回に続きます。こんどこそ「壁」のはなし。

(by みやち)

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