デカローグ第4話:年中無休

週に一度、休息の日をもたなければならない

こちらはホテル暴風雨10周年企画・10話からなる連作短編『デカローグ』第3話です。
本話だけでもお楽しみいただけますが、これまでのお話はこちらです⇨第1話 第2話 第3話

今日も誰も来なかった。当然、売り上げはゼロだ。夜の9時前、店の固定電話が鳴った。

「今日はどう?」

オーナーのユカさんからだ。いつもの営業報告。

「すんません。ゼロです」

「また?! お客さんは何人?」

「誰も来ませんでした」

「誰も?」

「はい」

「誰もってこと、なくない?」

なくない?と言われても、そうなのだから仕方ない。

そもそも、今時DCブランドの古着屋なんて流行らないのだ。
DCがデザイナーズ&キャラクターズの略だってことも、今時の若者は、きっと誰も知らない。

受話器の向こうから深いため息が届く。
おもわず電話を耳から離す。絶対にかかるわけはないのに、その息が、耳にかかるような気がしたからだ。

「明日、うちの妹がシフトに入ることになってたんだけど……」

だけど? 嫌な予感がする。ていうか、嫌な予感しかしない。
その続きを聞く前に、電話を切ろうかと思った。電波が悪いフリをして。固定電話だけど。

「悪いんだけど、明日も入ってくれる? よろしくね」

「えっ!オレ、明日用事があって……」

電話は既に切れていた。やられた。先にやればよかった。

「クッソー! またかよ。ていうか、なんで固定電話なんだよ。電波悪くなんねーじゃん!」

誰もいない店で大きな声を出してみる。
その声は、ポッドキャストで流していた、ラジオのDJの笑い声に吸い込まれていった。

同棲してるカナに「明日、仕事になったわ」と言ったら、烈火のごとく怒りだした。

「約束したよね? 明日は、うちの親に会ってくれるって。待ってんだけど、親」

「ごめん」

「アツシの店、絶対ブラックだよね。一番最近の休み、いつよ?」

「いつだったかなあ……。ちょっと覚えてない」

「私が言うよ。ユカさん、だっけ? こんな働かせ方ないよ、今時。信じらんない」

確かにブラックだ。
時給だって、東京都の最低賃金より200円も安い。
労働基準監督署だっけ、そういうところに持っていったら、きっともう少し給料も上がるかもしれないし、休みももらえるかもしれない。

(でも、実際働いてないからな、オレ。ずっと座ってポッドキャスト聞いてるだけで)

尻が痛くなるので、時々立って、直す必要のない服を畳み直したり、ハンガーに吊るされた服の皺を伸ばしたりしてみる。それでも、余りある時間がある。とにかく退屈なのだ。

だけど、考えようによっては、これほどおいしいバイトもない。
座ってるだけで、小銭がチャリンチャリンと貯まっていくのだから。トータルしても、大した金額にはならないけれど。

カナは、そろそろ結婚したいらしい。
子どもも欲しいみたいだし、年齢的にも、そうのんびりできないのだろう。

でもこんな稼ぎで、妻や子どもを食わしていくことなんてできるのだろうか。
「私も働くし」とカナは言うが、それこそ子どもでも出来たら、そんなわけにいかない。
最終的には、カナの親がやってる店に居候することになるのだろう。

(オレ、あのでかい中華鍋とか振れんのかな……。無理だよ。料理なんてしたことないし)

何にも考えたくなかった。将来のことも、今のことも。だから、店にいるほうがよかった。
まあ働くと言っても、ただ座ってるだけで、結局いろいろ考えちゃうんだけど。

そんなある日。
いつものように、カウンターの中でボケーっとポッドキャストを聞いていたら、スーツ姿の男と女がやって来た。
とても客には見えなかったけど、接客しないわけにはいかない。
いつものように、夜、ユカさんに報告する際に、来店者数が2と告げて、売り上げがゼロと言ったら、何を言われるかわからないからだ。

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

「ああ……。そうですね」

男のほうが興味なさげに、男物のスーツを手にしていた。

「それは、ギャルソンですね。その服自体は結構古いんですけど、逆にそれが今来てるというか、人気なんですよ。普通に新品買ったら、その値段では買えないですしね」

「へえ……」

「どういうのが、お好みですか? もっと普通っぽいやつのほうがいいですか? だとしたら、これなんか……」

そう言って、ぎちぎちに入ったハンガーラックから、スタンダードな形のダークスーツを引っ張り出そうとした時、女のほうが言った。

「こちら、お休みの日はあるんですか?」

「へ? いや。年中無休でやってます」

「へえ、そうなんですね。……え? もしかして、お兄さん、一人でやってる?」

「ああ、いや。まあでも、そうですね。ほとんど自分が入ってますけど」

「そうなんですね……」

その言葉が合図になっていたのだろうか。
男がカバンから身分証らしきものを出した。女もそれに続く。

「労働基準監督署から来ました。こちらのオーナーにお会いしたいんですけど、連絡できますか?」

ユカさんから、店を閉めると聞かされたのは、その翌日の夜のことだった。
いつもの営業報告の電話じゃなく、直接店に来たのだ。オレがあの二人に言われてユカさんの連絡先を伝えた後、正式に労働基準監督署から職員が来て、是正するよう指導されたらしい。だが、是正できるほど、店には余力が残ってなかった。

「もうやめようと思うの。今時、流行らないのかもしれない。DCなんて。今ならまだ借金にならないから。まあ、仕入れた分、元は取れてないんだけどね。あとはネットで売っていくわ。むしろそのほうがいいのかも。なかなかね、踏ん切りがつかなかったんだけど、今回、労基が入って来てよかったのかもしれない。あ、労基って、アツシにこないだ質問した人たちのことね。労働基準監督署のこと。で、アツシには申し訳ないんだけど、新しい仕事、探してくれる? 今日までの分は、お給料払うから」

青天の霹靂とは、こういうことを言うのだろう。

いつまでも続いていくと思っていた。
冷静に状況を考えたら、そんなことありえないのだけど。

労基に連絡したのは、やはりカナだった。

「いいじゃん。うちの親の店で働こう。アツシ、料理したことないって言ってたけど、お父さんが教えてくれるから大丈夫よ」

「へえ……」

「うちのお父さんも、結婚してから教えてもらったんだよ。あの店、お母さん側のおじいちゃんが始めたのね。お父さんは、養子に入ったの。ずっと休みなしで働いてたよ。で、今のあの店があるってわけ。常連さんも多いしね。なかなか休めないんだよね。来てくれたのに休みじゃ、悪いからって」

「休みなし?」

「そうよ。年中無休」

「へえ……。そりゃブラックだね」

「働かざる者、食うべからずよ」

カナはそう言って、ケタケタと笑った。アツシは密かに別れを決心した。

(作:大日向峰歩)


*編集後記*   by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

大日向峰歩作『デカローグ』第四話、いかがでしたでしょう。この作品は、ホテル暴風雨10周年記念企画「10」にちなんだ10話連作の物語です。ポーランドの巨匠・クシシェトフ・キェシロフスキ監督の『デカローグ』リスペクト(くわしくは連載予告のエッセイを)。さて今回は十戒の第四、

4.安息日:週に一度、神にささげる休息の日を持たねばならない

が隠しテーマ……らしいです。アツシのブラックからブラックへの渡り鳥というか、ブラックホイホイぶりがたまらなくて、もしかして「休みなく働き続ける」ことと「神に捧げるものがない(=信じるものがない)」とは本当に関係あるのかも? などと思ってしまいました。あなたはどうお感じになりましたか。次回もどうぞお楽しみに!

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