なにわぶし論語論第34回「三軍を行らば、則ち誰と与にせん」 

子 顔淵(がんえん)に謂(い)いて曰く、之を用うれば則(すなわ)ち行い、之を舎(す)つれば則ち蔵(かく)る。唯我と爾(なんじ)と是れ有るか、と。子路曰く、子 三軍を行(や)らば、則ち誰と與(とも)にせん、と。子曰く、暴虎馮河(ぼうこひょうが)し、死して悔ゆる無き者は、吾(われ)與にせず。必ずや、事に臨んで懼(おそ)れ、謀(はかりごと)を好んで而して成す者なり(*)、と。(述而 十)

――――孔子が顔淵に向かって言った。「主君から任用されれば役目を果たし、解任されれば(文句を言わずに)さっさと辞める。そういうさわやかな身の処し方ができるのは、私とお前くらいかな。」 そこで子路が言った。「先生が軍隊の指揮を取られるとしたら、副官として誰を連れて行きますか。」 孔子は答えた。「素手で虎に立ち向かうとか歩いて河を渡ろうとするとか、無謀なことをして死んで後悔しないようなやつとは一緒に行かない。必ずや、物事に対して慎重な態度をとり、入念に計画する、そうして作戦を成功させる者と一緒に行く。」――――

まったく、子路というのは愛すべき人物である。人間くさいというのか、子供っぽいと言えば良いのか。今回のエピソードなど、親戚のおばちゃんに知られたら、「馬鹿だねえ、子路ちゃんは。いい歳をしてさあ。」とか言われそうである。

今回の場面は、おそらく孔子と数人の弟子たちがうちわで気楽に話し合っているところであろう。少なくとも、孔子、顔淵、子路と、もう一人、この場面を覚えておいて書き留めた人物がいたはずである。
まず孔子が、顔淵を褒める。「・・・という、身の処し方ができる人物は自分と顔淵だけだ」というのだから、すごい褒め方である。じっさい顔淵(顔回)というのは孔子の一番のお気に入りで、その人格才能を褒める逸話が論語の中にもなんども出てくる。じつは顔淵は若死にしてしまうのだが、その時の孔子の嘆き様は大変なものであった(先進八〜十一)。

孔子がわざわざ他の弟子の前で顔淵をこのように褒めたというのは、彼が他の弟子より一段上、自分の後継者であることを他の弟子に印象付けようとしたのかもしれない。
だが、子路にはこれが気に食わなかったようだ。突然、孔子に向かって「戦の時は誰を連れて行きますか」などという質問をする。学問では顔淵に遠く及ばない子路だが、勇猛さでは右に出るものがないと、自他共に認めていた。だから、戦に誰を連れて行くかと聞けば、自分を名指ししてくれると思ったのだろう。アホといえばアホ、可愛らしいと言えば誠に可愛らしい。

残念ながら、孔子は子路の期待したような返事はしてくれなかった。「蛮勇を振るう無謀な者は駄目だ。慎重な者が良い」というのがその答えだった。この言葉について、孔子が子路を「暗に諭した」という解釈もあるようだが、「呆れて小言を言った」という方が当たっているように思える。大好きな孔子にはあまり褒めてもらえず、積極的にアピールすればかえって小言をもらう。子路も辛いのである。

*いつも書き下し文は講談社学術文庫に従っているのだが、ここだけは少し変えた。講談社学術文庫版の書き下し文は「・・・成す者たれ」。原文は「好謀而成者也」。

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