なにわぶし論語論第36回「怪力乱神を語らず」

子は怪力、乱神を語らず。(述而 二十)

――――孔子は、超自然的な力や荒ぶる神の仕業など、怪しげな超常現象については語られなかった。――――

儒教が宗教かどうかというのは微妙な問題だ。論語を読む限り、少なくとも孔子自身は祖霊や神々への祭祀をきわめて重要視していたのは確かだし(八佾 十二、八佾 十七など)、おそらくは、死後の魂や神々の存在を信じていたのだろう。
にもかかわらず、孔子は、信仰の対象である鬼神(祖霊や神)について、あるいは死後の世界について語ることを頑なに避けている(先進 十二など)。
このような態度が、弟子たちを混乱させただろうことは、想像に固くない。実際、孔子の直弟子たちでさえ、孔子の宗教儀式を重視する姿勢には同意しかねていた様子が論語の中でも書かれている。弟子たちのそのような不信心な態度に対し、孔子自身は不満を漏らしこそすれ、信心を強く要求することはなかった(八佾 十七、陽貨十八など)。
孔子が弟子たちに要求したのは、仁や義といった人間社会の中での道徳であり、学問を続けてより良い人間になろうとする自己研鑽であった。

では、孔子は自分自身は信仰を大切にし、伝統的宗教儀式を几帳面に守りながら、なぜ弟子たちには同じことを要求しなかったのだろうか。
二つの理由が考えられるのではないか。

まず第一に、孔子の学団においては、議論することが奨励されている。弟子たちは先生の教えを無批判に守るのではなく、疑問な点、納得できない点はズバズバと質問する。孔子も大抵は堂々と反論するが、時にはあっさり「まいった」をしたり、弟子の主張を認めながら、言い訳がましいことをいうこともある。
議論を重視するということは、ものごとを言語化することを重視するということである。だが、宗教的な体験とか、先祖や神に対して抱く感情というのは、明確に言語化し、議論することが難しいものである。言語化することの難しい事柄は、学団の公式の教育内容からは外したのではないだろうか。

第二に、「怪力乱神」について語ることの現実的な弊害を考えた可能性も考えられる。孔子の学団は、官僚の養成塾でもある。当時の政治、行政に従事するものが、「怪力乱神」すなわち奇蹟や祟りの恐怖を統治や政争に利用するということは、十分あり得ただろう。孔子はそういった例を見て、「怪力乱神」を語る弊害を痛感していたのではないだろうか。
「怪力乱神」を政治利用するというのは、何も古代に限ったことではないだろう。人々がなんとなく気味悪がる、不安を感じる対象ならば何にせよ「怪力乱神」になり得る。
さすがに現代社会で、神の怒りだの死者の祟りだのを利用する政治家はいないだろうが、近隣の国の「怪力」や、どこかの国の指導者の「乱心」を言い立てて国民の不安を掻き立て、国内の異論を排除するというのは、いつの時代でも、世界のどこでも使われる手法だろう。

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