魔 談【 魔の工房5】

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大ガリとはなにか。すでにおおよその見当はついていらっしゃることだろう。モップを連想させる長い柄の先端に、三角形の金属がついている。モップでゴシゴシと床をこするような格好で、地面とか斜面をガリガリと削る。たぶんそれで「ガリ」なのだろうと思うが、よくわからない。この大ガリに対して、片手で持つ「手ガリ」というのもある。柄はぐっと短く、金槌ぐらいの長さだ。

ダザイの説明はうまかった。大ガリの使い方も、作業の注意事項もよくわかった。しかし説明を聞きつつ、ミシマとぼくは時々チラッと視線を合わせた。「コイツ、大丈夫か?」と思うほどにダザイは凹んでいた。うっかりと余計な質問をして助教授からニラまれたことが、かなりショックだったのだろう。打たれ弱いタイプなのかもしれない。「……じゃあ」という感じで「安全第一」ヘルメットをかぶり大ガリを手にして作業を開始してからも、ダザイは全く元気がなかった。しばしば作業を中断しては、なにやらため息をついていた。

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大ガリを使う作業は楽ではない。なかなかの重労働だ。シャベルを使って地面をせっせと掘る労働に近い。半時間もやれば膝はガクガクで、腰が痛くなってくる。黙々とガリガリやってるミシマを見て、なんとなくため息まじりのダザイを見て、ぼくはふたりに声をかけた。
「……ね、1時間に1回ぐらいは休憩してもいいんじゃない?」
ダザイはハッと現実に戻ったような表情でぼくを見た。70メートルほど向こうの現場でなにやら協議している教授たちにチラッと視線を走らせてから、「そのとおりだと思います」と言った。英語の教科書みたいな返事をするヤツだな、と思ってちょっとおかしかった。ミシマも油が切れてしまったようなドヨンとした表情でうなずいている。我々3人は思い思いのポーズで座った。

考えてみたら、我々はまだお互いに自己紹介もしていなかった。地学部歴6年のダザイが「なりゆき班長」となってそうしたことにも気がついてほしかったが、なにしろ凹んでしまっている。「だめだこりゃ」と思ったので、ぼくが口火を切って提案した。簡単な自己紹介をしつつ「なにか笑いでも」と思ったので極貧男子寮生活のドタバタをちょっと話し、笑いをとった。場が和んだところで、ダザイとミシマも自己紹介した。ダザイは信州大学で、ミシマは日本体育大学だった。
「こういっちゃナンだけど……」とぼくは言った。「あの助教授はなんか変なヤツだよな。どっか病んでるよ。あんなヤツの言うことなんか、気にしないほうがいいぜ」
ダザイの表情がパッと明るくなった。「やれやれ作戦成功」とぼくは思った。

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異変はその日の夕刻に発生した。
事務所から出てきた教授が現場をよこぎり、幕の外に出て行った。ぼくは大ガリ片手にその様子を見ていたのだが、なにやら少々急いでいる様子だった。蝉の声が降りしきる中にエンジンの音がして、遠ざかって行った。しばらくして助教授が我々のところに歩いてきた。ぶらぶらと散歩でもしているようなのんびりとした歩き方だった。彼は両手を作業ズボンのポケットにつっこんだポーズで、1メートルほど下の現場で作業している我々を眺めた。無言だった。しばらくしてやっと口を開いた。
「もうちょっとやれ、と言いたいところだけどね、教授がいないので、今日はもう上がっていい。事務所に来い」
そう言い残して、自分はさっさと事務所に引き上げた。

「教授は論文に問題があったらしい」助教授はさも楽しそうに言った。「……あわてて大学に戻った。まあこの数日は、戻って来ない。教授がこの現場にいないということはだ、君たちに仕事はないということだ」
いったいなにがそんなにおかしいのか、全く理解できなかった。知れば知るほどに、なにかしら笑顔に屈折した不気味なものを感じる男だった。
「……まあせっかく来ていただいたものを、トラブルが発生したからと言って帰っていただくのもどうかと思う。そこで提案がある」

彼が持ち出した提案とはこうだった。この現場のすぐ近くに、もう一ヶ所、ぜひ発掘調査してみたい場所がある。そこには人家はないが、廃屋がある。その廃屋を適当に処分しつつ、地面の状態を知りたい。君たち3人でそれを全部やれというのではない。どんな場所で、どんな廃屋で、どんな地面なのか、適当に処分しつつ、このカメラで(彼はオートマのカメラを机上に置いた)撮影してくるだけでいい。明日は1日、その作業をしてもらいたい。明後日の15時に報告を聞き、16時に報酬を渡す。それが嫌なら、いますぐ帰ってもらってもいい。

我々3人は顔を見合わせた。
「この場で即答しろというのですか?」とぼくは言った。そんな質問をしたら助教授の不興を買うことは重々に承知していたが、「かまうもんか」という気分の方が優先してしまった。ぼくにはそういうところがある。
「3人だけで相談させてください」

・・・・・・・・・・・・・・・・…( つづく )