【第二十二話】
翌日、梅木浩子に呼び出され、小田原泉は、以前にも来たことのある町役場の3階の、奥の小さな会議室にいた。
「ああ! すみません。またお待たせしてしまって……」
梅木浩子は息急切って駆け込んできた。
「いえいえ。お忙しいんでしょうから」
「そうなんです。朝から例の被害届を渡しに、またあちらの役場へ出向いたりしてて。今日は松野さんに直接ではなく、秘書の方にお渡ししてきたのだけど」
「ご苦労様です」
「あ、お茶要ります? 私、さっき事務の方に〝持ってこなくていい〟って言っちゃったの。話の最中に出入りされたくなくて。もし先生が要るなら、下の自販機で買ってきます」
「大丈夫。持ってるから」
「そう。ならよかった。じゃ失礼して……」
そう言うと、梅木浩子は持参した水筒を出し、喉を鳴らした。
「ふう……。やっと一息ついた」
「大変でしたね」
「なんでこんなにやることあるの? ってくらい、あるのよ仕事。まいっちゃう。こっちの仕事があんまり大変なんで、自分の会社のほうは、完全に部下に任せっきりになってて。それも気になってるんだけど。でも、体は一つしかないから」
「あんまり無理して体壊さないようにして下さいね」
「ありがとう。そんなこと言ってくれるの、先生だけよ」
そう言って小さく息を吐いて、梅木浩子は続けた。
「で、こないだの話なんだけど」
「あ、はい」
「どう思う?」
「……うーん。前に梅木さんが言ってたでしょう。松野が竹林さんに個人的な恨みを持ってて、それを晴らそうとして放火させたのかもしれないって」
「実際、松野さんがどこまで関わっているのかはわからないけど、あの人の息がかかった人間が手を下しているのは、事実じゃないかなって思ってるわ、今でも」
「あの話を聞いた時、内心、とんでもない妄想だと思ったの。ありえないって」
「そうでしょうね。先生がそう思うのは、当たり前だと思う。普通はありえない」
梅木浩子が小さく息をのむ。次の言葉が出るタイミングに重なるように、小田原泉が口を開く。二人の声が重なる。
「……でもあの人なら、やるかもしれない」
ハハッと二人が笑う。そして、ふっと表情をこわばらせながら、小田原泉が続けた。
「そう。そうなのよね。あの人なら、やりかねない。だとしたら、今考えているあの計画も、あながちただの空想じゃないのかもしれない」
「うん。やるわよあの人だったら」
「この間ね、山本さんと一緒に帰ったでしょ。震えが止まらない感じだったから、うちに来てもらって二人でお茶飲んだの」
「ああ。それはよかった。私も心配してた」
「その時ね、彼女、自分のこと責めて。止めればよかったって。泣いたの。私、あれ見て思っちゃったんだよね」
「うん」
「あんな私利私欲だけで動くやつを政治家とは認めないって」
「うん」
「あいつを自由にさせるもんかって。あんな計画阻止しなきゃ」
「うん。……あのね、私、考えたの。聞いてくれる?」
梅木浩子はそう言って、この一日で彼女が考えた計画を話した。
松野一が要求したように式典は実施する。
そこに松野を呼ぶ。何故ならそれが、被害届の交換条件だから。
被害届を出すことは、柏の宮町が卑劣な行為に毅然と対応する姿を見せることにも繋がるし、あらぬ疑いをかけられている老夫婦の濡れ衣を晴らすことにもなるから。
でも実際に、松野に式典に参加してもらっては困る。
だから当日、土壇場で彼が計画を実行できなくなるように、罠をかけるというのだ。
「それって、具体的にどうするの?」
「あの人、結構いろんな人に嫌われてるのよ。まあ、そうだろうけど」
「うん」
「死んでほしいって思う人、少なくはないと思うんだ」
「え?」
「アプリの式典なんだけど、実際、新年度にやるつもりだったのね、こっちはかなり盛大に。これはオフレコだけど、来賓にデジタル庁長官まで呼ぶことになっててね。へへっ。中学生が作った思いやりアプリなんて、あの長官が好きそうな話題だと思って頼んでみたの。そしたら二つ返事で」
「すごい! それって、梅木さんの力?」
「いやいやいや。この仕事、そこそこ長くやってるからね。ツテはあるのよ、一応ね」
「すごい」
「ふふ。でも今回やるのは、ほとんどその予行練習だから。もちろん長官は呼ばないよ。あちらのスケジュール的にも無理だからね。しかも長官、今、あるテロリストの組織に暗殺予告されてるらしいのね」
「えっ。何それ?」
「知り合いの記者に聞いた。掲示板にそういう書き込みがあったって。まあネットの掲示板だし、眉唾な話だからさ、本当のところはわかんないよね。でも実際に、前首相の暗殺事件もあったことだし、万が一ってこともあるから、公安が動いてるらしい。そんな人、おいそれと急に呼べないわよ。何かあったら困るじゃない」
「まあ、今からだといろいろ間に合わないしね。でもなんか怖い」
「うん、怖い。……でも、それをね、利用しようかと思って」
「えっ? どういうこと?」
「うちが、アプリの再開で式典をやるってことは、既に公示してる。そこにデジタル庁長官が来るってことも。ただ、セキュリティのこともあるので、詳しい日時は未定にしてる。そして、その式典の予行練習的なものをやるってことは、まだ誰も知らない。こないだのメンバーを除いて」
「うん……。え? それを来月になったって言うってこと?」
「そう。嘘の告知するの」
「でも長官サイドからダメ出しされない? そんな日にち、聞いてないって。だって、元々予定は決まってるんでしょ?」
「うん。だから、長官サイドには流さない」
「そんなことできるの?」
「そこはなんとでも。なんならちょっと根回ししておいてもいい。出たがりの来賓が、僕も出たいって言うから、別日にプレイベントやるんですよ、とでも言っておけば、何とかなると思う。その出たがりが勝手に嘘流してるんですよ、注目浴びたくて、とかなんとか」
「そんなもの?」
「そんなもの」
「へえ……。でもそれ、なんのために?」
「松野さんってさあ、背格好とかちょっと似てるんだよね……」
「誰に?」
「長官に」
「……えっ? それって」
「間違って暗殺してくれたら、いいかなあって」
小田原泉は、息をのんだ。
「……これ、何の話してる? 今」
「うん。暗殺計画。……なーんてね」
【第二十三話へ続く】
(作:大日向峰歩)
*編集後記* by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟
出たがり「モンスター俗物」こと松野一町長。勝手に命名してますが、こんな人が政治家なのかと思うと嫌だし本当にガッカリするのは無理からぬこと。こっちの現実もまあまあそんな感じなんですよ、小田原さん、梅木さん。
って、
えっ?
ええーっ!?
梅木さん、それはもちろん、冗談ですよね?
小田原泉もびっくりしてますが私も相当びっくりしました。
さて物語は「珍事件」に向けて走り出します。今後の展開をお見逃しなく。
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