
【第四十話】
数ある赤字路線の救世主とも呼び名の高い、社長の本合の目力に思わず怯みそうになりながら、降籏は、自分が考えた、ラストランの切符に付けるノベルティーを恐る恐る列挙した。
「まあ、そうですね……。オリジナルのタンブラーと、キーホルダーはファイナル限定で付けようと思ってます。あとは、特製弁当と林檎ジュース、記念乗車券ですね」
「それだけか?」
「い、今のところは。これくらいならそんなに経費も掛からないんです。タンブラーも、プラ容器の外側と内側の間に紙入れるだけなんで」
そう言うと、本合の反応を窺い、一拍置いて続けた。
「あの、他になんか、いいアイデアありますか? 具体的な内容は伝えてないので、まだいけます。もちろん、なるべく元手がかからない範囲ではありますが」
本合は顎に手を当てて、暫く考えた後、言った。
「そうだな……。廃線になったら、どうせいらないものも出てくるだろう? そういうものを優先的に購入できる権利とかどうだ? 例えば、方向幕とか、路線図とか、時刻表とか。いくつもあっても困るだろう。処分するくらいなら付けてやればいいんだよ」
「ああ、なるほど。それもいいですね。……でも、そういう鉄道部品は要らないという人が、権利を転売したりしないですかね?」
「転売か……。それは厄介だな。だったら、実際売る時に、ファイナルの乗車券を提示しないと買えない、というようにしてしまったらどうだ? 鉄道部品は要らなくても、ラストランの乗車券は手放したくないものなんじゃないか、鉄道ファンという輩は」
「ああ、そうかもしれませんね。そうしましょう」
「だとしても、購入した後、転売することは防げないかもしれないけどな」
「そうですね……。まあ、でもそこまでは制御できないので」
ラストランの骨子が見えてくると、次は、イベントのほうを検討しなければならない。
降籏は、廃線プロジェクトメンバーのリーダーとして、上司の平林をはじめ、商品企画部の山田と田中、営業企画部の中村、村井の6名と打ち合わせを重ねていた。
「久代駅のロータリーに、特設ステージを作ったらどうでしょうか?」
「ロータリーか。具体的に、どの辺りを考えてる?」
「うーん。一般車の駐車場を使用できないようにして、あそこに……」
まずは場所について、営業企画部の中村が提案した。高卒で入社し一年目の男性社員だ。
「いや。駅寄りの通路のほうがいいんじゃないか? 駐車場を潰して車が停められなくなったら、お客さんが困るだろう」
平林が水を差す。怯むことなく、中村が続ける。
「でも、そもそもイベントやってる時には、駅前は車両通行止めにするんじゃないんですか」
「そうか?」
「イベントで人がうろうろしてる中、車が普通に走ってるのは危ないですよ。それにあの駐車場は、別にゲートがあるわけでもないし、時間制でもないから、もし使用できるとなれば、イベントのために、一日中停める人とか出てくるんじゃないですかね。だったら、そもそも使えなくなるわけで……」
「確かにそうだな。じゃあ、そうしよう」
自分の提案が受け入れられ、中村は嬉しそうに頷き、続けて言った。
「駅側のスペースには、屋台とか出してもいいですし。駅前って、食べるところとかないですからね」
「それいい。そうしよう」
平林が同調し、田中が訊いた。
「どんなの、呼ぶんですか?」
「なんだろうな。たこ焼きとか、チョコバナナとか?」
「えー。それ、やだあ」
思考や発想が鍋の中の液体だとしたら、こういう時の平林のそれは、ものすごく表面の上澄みみたいなものだ。浅くて澄んでて何にでも染まる。
指示を仰ぐときにそれでは困るけれど、今みたいに、若手主導で話し合いをしているときは、彼ほど好ましい上司はいない。邪魔をしたり、自論に固執したりせず、適度にみんなの頭をかき混ぜ、最終的な責任はきちんと取ってくれる存在。だからなんでも言い合える。
娘ほどの年齢の田中が、そうやって軽口を叩けるのも、平林だからなのだろう。
「なんでだよう。屋台と言えば、だろ?」
「平林さん、昭和すぎます。令和は、もっとおしゃれなんですよ」
「なんだ、それ。どんなのが令和なんだ?」
「石焼ピザとか、ローストビーフ丼とか、本格派カレーとか。飲み物は、自家製のジンジャーエールとか、レモネード。あと、チャイとかラッシーもいいですね。あ、バゲットのサンドイッチもありかなあ。そしたら飲み物にも、オーガニックコーヒーとかですね」
「ほう。そんなものが、今は屋台であるのか?」
「屋台ってじゃなくて、キッチンカー呼ぶんですよ」
「まあ、なんでもいいけど、そんなの、鉄道オタクが食うか?」
商品企画部の田中は、このプロジェクト唯一の女性で、女性ならではの視点から、他の者が考えつかないようなアイデアを出していた。
「食べるんじゃないですか? 私、鉄オタの生態、知らないけど」
「どうだ? 山田」
突然指名されて、田中と同じ商品企画部で、田中より数年入社の早い山田は動揺していた。
「えっ。僕ですか? なんで」
「だってお前、鉄オタだろ?」
「違いますよ。何言ってるんですか」
「そうか? 俺の勘違いだったのかな?」
「えーっ。山田さん、鉄オタなの?」
田中が眉間に皺を寄せて、先輩であるはずの山田を睨んだ。
「だから違うって。しかも〝オタ〟じゃなくて〝ファン〟な」
山田は、他の社員に対してより、少しだけ高圧的な口調で、田中に反論した。そんな二人の掛け合いを横目に、平林が言った。
「まあ確かに、そういうおしゃれな感じの食べ物があれば、別に鉄道ファンだけじゃなく、町の人も楽しめるかもしれないな」
降籏がこのプロジェクトの責任者として、まだ発言していないメンバーに尋ねた。
「他の方は、どう思います? 村井さんは?」
指名された村井は、戸惑いながら、ぼそぼそと答えた。
「キッチンカーは珍しいから、嫁さんとか子どもも喜びそうですね」
皆、一様に頷く。
「降籏さんは? やっぱり、平林さんと同じで、屋台がいい?」
田中が尋ねた。
「そうですね。確かに屋台のほうが馴染みはあるけど……。最後って、なんかしんみりしますよね。村井さんが言うように、せめて子どもたちには、初めてとか、見たことないものをプレゼントできるのは、いいかもしれないです。彼らには、寂しい気持ちで終わって欲しくないんで」
降籏の言葉に、平林が深々と頷いた。
「わかる。しんみりと昔を懐かしみながら見送るのは、年寄りだけでいいんだよ。あと鉄道ファンな。田中、出店してくれるキッチンカーの心当たりとか、あるの?」
「あー。ちょっと調べてみます。何店舗くらい、呼べばいいですか?」
「キッチンカーって、どんな大きさなの?」
「いろいろあるみたいだけど、軽トラサイズとか、ワンボックスカーを改造したのが多いみたいです」
二人のやりとりを聞いていた降旗が尋ねた。
「ちょっと待ってください。それって車なんだから、ロータリーのあのスペースには入れないんじゃないんですかね? あそこ、コンクリートのポール、立ってるでしょ」
そう言うと、中村のほうを見た。
「ああ……。確かにそうですね。じゃあ、反対側にします? 駐車スペースのほうにキッチンカーに入ってもらって、駅寄りの通路側のほうにステージを作りますか?」
「ああ、そうですね。それがいい」
降籏の頷きに、他のメンバーも同調した。
「あの駐車スペースって、7台くらい停められたっけ?」
平林が、中村に尋ねた。
「そうですね。普通に停めて7台なので、営業用に空間開けて、軽トラサイズのキッチンカーを置いてやるなら、4、5台くらいが妥当じゃないですかね?」
「じゃあ5店舗ぐらい?」
「そうだね。4つくらいでもいいような気がするけど。まずは5つくらい当たってみようか」
「わかりました。店の種類は?」
「それは、田中ちゃんに任せるよ。僕らにはわからないし」
「了解です」
田中に続けとばかりに、中村が尋ねる。
「イベントステージのほうは、どうします?」
降籏が答える。
「あの電話ボックスの向こうに、小さめのステージ作るのはどうですかね? 20センチくらいの高さで、幅が4メートル、奥行きが2メートルくらいの」
平林が割って入った。
「まあ、それくらいの大きさが妥当かな。高さはもう少しあってもいいのかもしれないけど」
中村がささっとネットで調べ、あるホームページを示しながら、答えた。
「40センチというのもあるみたいですよ」
「買うの?」
「いや。レンタルあるみたいです。いずれにしても二泊三日借りるとしたら、10万あればいけるみたいです」
「そんなでいける?」
「ただ、松本からなので、運送費がプラスでかかるかもしれませんが」
「それくらいなら、たかが知れてますね」
「考えてるのは、簡単に折りたためるタイプなので、何なら自分たちで、トラックで運搬してもいいかと」
「そうか。じゃあ、少し予算余ったりする?」
そう言って、平林が降籏を見つめる。
「ええ、たぶん。使い切らないと、まずいですか?」
見つめられた降籏は、やや困惑しながら、答えた。
「いや。そんなことはないけど、もし余るんだったらさ、ちょっと目玉の人とか、呼んでもいいかなって……」
平林のおねだりポーズに、田中がいち早く反応した。
「えっ、タレントとか呼ぶってこと? 平林さん、心当たりあるの?」
「いや。それはない。ただ俺、夏に娘と奥穂に登る予定だったんだよね」
【第四十一話へ続く】
(作:大日向峰歩)
*編集後記* by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟
大日向峰歩作『潮時』第四十話、いかがでしたでしょう。久代線ラストランのイベント準備が着々と進んでいきます。その計画を取りまとめているのが平林。娘と一緒に奥穂に登る予定だったって……もしかして? 山と鉄道と、潮時。いろいろなものが集結してきそうな予感がしますね。次回もどうぞお楽しみに。
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