誰かのために 第十八話

秋田内陸縦貫鉄道のじゅうべぇ

【第十八話】

会議の一週間後、竹林寛、梅木浩子、小田原泉が、総務課の鈴木光太郎の運転で、桜の宮町まで松野一に会いに行った。

「こんなに急ピッチで事が進むなんて、この町ではなかなかないことだったよね。さすがだよね」

相変わらず呑気な竹林を横目に、残りの三人が、やや緊張した面持ちで、会議室でしばらく待っていると、松野の秘書が呼びに来た。

「こちらへどうぞ」

案内された町長室は、桜の宮町役場五階の一番奥にあり、柏の宮町の町長室とは新しさも広さも随分異なり、四人は少々面食らっていた。

「はははっ。そちらとは、かなり違うでしょう、ここは」

松野一は、誇らしげに両手を広げ、四人を招いた。
部屋の片隅に、なぜか簡易のシャワールームが備え付けられ、その隣には、ダンベルや腹筋台が置いてあった。

「ああ、それ。町長の仕事は体力勝負なので、日々鍛えないといけないんですよ。でも、なんだかんだ人と会う仕事なので、汗臭いと困るでしょう。だから、シャワールームを付けてるんです」

松野一は、一行の視線に応えるよう、悪びれもせずそう言って、
「まあ、立ったままでもなんですし、おかけください」
と、高級そうな黒い革のソファに腰掛けることを勧めた。

「これも、高そうなソファですね」

「あ、わかります? イタリア製。200万はしないかな」

ほーっと声が漏れる。
声の主は、竹林と鈴木だ。この手の男の自尊心のくすぐり方を、男同士心得ているのだろう。

「さすがに座り心地がいいね。うちの町長室のソファとはえらい違いだ。ねえ、梅木さん」

梅木浩子は、「そうですね」と生気なく返事した後、立ち上がり、
「松野町長、今日は暮れのお忙しい中、お時間を頂いてありがとうございます。大勢で押しかけてしまって、申し訳ございません」
と続けた。その言葉に合わせて、小田原泉も立ち上がり、一緒にお辞儀をした。

「いえいえ。大丈夫ですよ。旧友の頼みですからね。いやあ、久しぶりですね、竹林さん。お元気そうで」

「いやあ本当に。同級生同士、隣同士で町長をやってるんだから、もう少し交流したいところなんだけど、なかなかね。僕んところは、こちらとは違って〝貧乏暇なし〟ただ忙しいばっかりで、嫌んなっちゃうよ。はは」

「それはうちもそうですよ。町長なんて仕事は、本当にやることが多すぎて時間なんていくらあっても足りないんですよね。ホントに」

「そうそう。お互い、体だけは壊さないようにしないとね」

「ホントだね。で、そちらは秘書の方? 随分しっかりした女性ですね」

「そうなんです。元々は妻の友人なんだけど、公共政策専門のコンサル会社を経営されててね。今は政策秘書として僕に付いてもらってるんです。こちら、梅木浩子さん」

「梅木です。ご挨拶が遅れてすみません」

「宏美さんのお友達なの? それはそれは。初めまして、松野です」

「今日はよろしくお願いします」

松野が小田原泉に視線を向けた。
それを見て、梅木が竹林に彼女を紹介するよう目で合図を送るが、竹林は一向に気づかない。
やむを得ず、自身で小田原泉を紹介した。

「こちらは小田原泉先生です。柏の宮町のコンプライアンス委員会で委員をお願いしています。都内の大学でコミュニティ心理学を教えていらっしゃるので、町政についての助言なども頂いてます」

「初めまして、小田原です」

「そうなの。柏の宮町は、女性が活躍されていていい町ですねえ。頼もしいなあ。……で、そちらの男性は?」

「初めまして。私は役場の総務課で係長をしています、鈴木です。今日は運転手を兼ねて同行させて頂いております」

「どうも。柏の宮町では、男は車の運転だけしていればいいって感じなのかな。ハハハ。竹林さん、いっぱい御供がいて心強いね」

松野はそう言って、顎に手を当てたままヘラヘラと笑った。

竹林は相変わらず、何を考えているのかわからない笑みを湛え、
「僕は桃太郎だからね、ハハハ」
と笑った。

「……お忙しいでしょうから、早速本題に入らせて頂いてもよろしいでしょうか。松野町長、この度は、私共の町で起こった火災に関して名誉を損なうような誹謗中傷があったことについて、誠に申し訳ございませんでした。さぞかしご気分を損なわれたのだとお察し申し上げます。ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ございませんでした」

梅木浩子はそう言い、深々と頭を下げた。最後の部分に合わせて、小田原と鈴木もお辞儀した。
一方の松野は、無表情のまま梅木の話を聞いている。

「松野町長に対する脅迫とも取れる怪文書について、柏の宮町としましては、必ず差出人を見つけたいと考えております。今回の件は、脅迫というれっきとした犯罪行為なので、単に我々の調査に留めず、警察に捜査をしてもらおうと思っています」

「えー。それは大げさだなあ……」

「いいえ。松野町長の命と名誉にかかわる話ですから」

「いやいや。あんな脅し、僕は全く」

「きちんと捜査してもらうことは、松野町長ご自身のためだけでなく、桜の宮町の人たちや、松野町長のご家族のためにもなると思います。自分の家族や自分の町の長に悪意を持った人がどこかにいるとなると、気分も悪いでしょうし、落ち着かないと思うのです。ここはひとつ、きちんと区切りをつけ、差出人を特定し罰を受けて頂きたいと思うのです」

「はあ……」

「つきましては、お手数をおかけして誠に恐縮なのですが、警察に被害届を出して頂きたく……」

「えっ!被害届だって?」

「面倒な作業は、私共のほうで代行させて頂くこともできます。ただ、書類の作成に関しては、例えばお名前を書いて頂くとか、警察の簡単な聴取とか、松野町長にしかできないこともありますので」

「そんな暇ないんだよね……。僕、忙しいのよ」

「重々承知しております。本当にお忙しいところ申し訳ないのですが、是非、ご協力頂けないでしょうか」

「えー、どうしよっかなあ……」

「松野さん、ご協力お願いできないかなあ。昔のよしみでさ、ほら。面倒なことは、こっちでやるからさ」

これまで、へらへらとただ笑ってるに過ぎなかった竹林が、説得に加わる。

「昔のよしみか。それ言われちゃうとねえ……。仕方ないなあ。わかりました」

竹林寛が軽く手を叩き、梅木浩子にドヤ顔を向けた。
梅木浩子はそんな竹林にちょっとムッとした表情を浮かべながらも、安堵の笑みをもらした。ところがそんな笑みも、次の松野一の言葉によって掻き消された。

【第十九話へ続く】

(作:大日向峰歩)


*編集後記*   by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

初登場、松野一・桜の宮町長。みなさん、ほぼ予想通りの人物と思われたのでは? 一見、「モンスター善人」竹林寛に比べると単なる俗物感が否めませんが、この松野町長も何かやらかしてくれるに違いありません。まずはこの後何を言い出すことか、次回をどうぞお楽しみに!

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