その言葉は。
まるで。
法堂全体へ、
静かに染み込んでいくようだった。
善財は、
しばらく法堂を見回していた。
見れば見るほど、
世界が増えていく。
柱の中。
宝石の中。
光の反射の中。
そこには、
また別の如来。
また別の国土。
また別の説法。
しかも。
どれひとつとして、
同じものがない。
善財は、
少し頭を抱えた。
「……これ、
全部覚えられる人とかいるんですか?」
法堂の童女たちが、
また小さく笑う。
慈行童女も、
どこか楽しそうだった。
「覚えることが、
大切なのではありません」
「え?」
慈行童女は、
静かに柱へ手を触れた。
すると。
柱の中の世界が、
水面のように揺れる。
「世界は、
固定されたものではないのです」
光が巡る。
「智慧もまた、
流れ続けています」
善財は、
その光景を見つめていた。
慈行童女は、
静かに続ける。
「この“般若波羅蜜普荘厳”を転じると――」
法堂の空気が変わる。
宝石の光が、
ゆっくり回り始めた。
「“普門”という陀羅尼が現れます」

善財は首をかしげた。
「だらに?」
「無数の法を、
ひとつに結び続ける力です」
その瞬間。
法堂中の光が、
一斉に巡り始めた。
善財は目を見開く。
柱の中の世界が動く。
宝石の中の如来が説法する。
無数の景色が、
互いに映り込み始める。
世界が。
回転していた。
「うわ……」
善財は思わず声を漏らす。
光。
音。
言葉。
無数の法門が、
互いに繋がりながら巡っていく。
ある世界の説法が、
別の世界へ流れ込む。
ひとつの祈りが、
また別の世界で花開く。
無数の智慧が、
巨大な網のように絡み合い、
広がり続けていた。
善財は呆然と呟く。
「世界ネットどころじゃない……」
法堂の童女たちが、
くすりと笑う。
慈行童女は、
穏やかに善財を見る。
「すべての法は、
互いに孤立してはいません」
光が巡る。
「出会い」
「言葉」
「苦しみ」
「喜び」
「願い」
「祈り」
無数の世界が、
呼吸のように重なり合う。
「それらは互いに響き合い、
現れ、
入り込み、
そして留まっています」
善財は、
その光景から目を離せなかった。
もはや。
どこからどこまでが、
ひとつの世界なのか分からない。
だが不思議と、
混乱はしていなかった。
むしろ。
巨大な音楽の中へ、
静かに包まれているようだった。
善財は、
しばらくその光景を見つめていた。
無数の世界。
無数の法。
無数の声。
それらは決してぶつかり合わず、
巨大な流れとなって巡り続けている。
善財は、
ぽつりと呟いた。
「……静かだ」
慈行童女は、
小さく頷く。
「はい」
法堂の光が揺れる。
「本当に深いものは、
騒がしくありません」
善財は、
その言葉を静かに聞いていた。
たしかにそうだった。
今、
法堂では無数の世界が動いている。
無数の如来が説法している。
無数の法門が巡っている。
なのに。
不思議なほど、
穏やかだった。
慈行童女は、
ゆっくり法堂を見渡す。
「仏国土の法門」

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