
【第四十七話】
降籏は動揺していた。9月30日の正午前、その事故は起こった。
運転していたのは79歳の男性。
ブレーキとアクセルを踏み間違ったというありがちな操作ミスで、駅前ロータリーで開催中のイベントステージに横から突っ込んだのだ。ロータリーと車道を分かつコンクリートのポールは、二本のうちの一本が根元からなぎ倒されていた。
車は左前方を大きく大破させ、ステージを組んだ手前にある銅像に、激突して停まっていた。
「あのコンクリートのポールをなぎ倒して突っ込んで来るなんて……。一体、どれくらいアクセル踏んだんでしょう? 本当に操作ミスですかね? わざと突っ込んだんじゃないですよね? テロですよ、こんなの」
ステージの諸々を担当していた、中村が声を荒げる。
「いや。警察に訊いたんだけど、そうじゃないみたいだ。どうも、昨夜姨捨駅で認知症の奥さんとはぐれちゃって、一晩中探してたらしい。たぶん寝てなくて、ぼーっとしてたんじゃないかって話だ」
「運転中に寝てたってことですか?」
田中が尋ねる。
「まあ、そうかもな」
一同が深い溜息を吐く。
「それにしたって……」
「まさかこんなことが起こるなんて……」
まだ若い田中や中村は、明らかにショックを受けていた。こんな時、頼りになるのはやはりベテランたちだ。
「とにかく、怪我人は?」
村井が心配そうに尋ね、降籏が答える。
「救急車で運ばれたのは4人です」
「その4人の容体は?」
「3人は軽傷だと聞きました。小学生もいるようです。ただ残りの1人が……」
「重いの?」
「はい。意識がないみたいで」
「それはまずいな……」
「年齢は?」
「まだ確認中なのですが、怪我したお子さんのお母さんらしくて」
「そうか……。なんとか意識が戻ってくれるといいんだけど」
「そうですね」
山田が割って入る。
「怪我人はその4人以外にはいないんですか? 結構なスピードで突っ込んできたみたいだけど」
「観客がいるほうじゃなくて、ステージ側に突っ込んできたから、他は何とか大丈夫みたいです」
「ステージが少し高くなってたから停まったのかな?」
田中が、ステージ担当の中村のほうを向いて言った。
「まあ、それはあるかもしれませんね」
安堵する二人に向け、降籏が言った。
「観客側に突っ込んでたら、こんなもんじゃなかったって警察が」
その言葉で、二人の顔に一瞬浮かんだ和らぎが消える。山田が代わりに口を開く。
「そうだろうな。少しはあのポールの効果があったということか」
「そうかもしれません。それで……。この後、どうします?」
降籏が一同を見る。田中が言った。
「こうなったら、もうできないよね」
「うーん。ちょっと無理だよね」
山田が続く。降籏が呟いた。
「やっぱりそうなりますよね……」
「え、降籏さん。まさかこのままやるつもり?」
田中が声を上げる。信じられない!とでも言いたそうに。
「いや。ただ、皆さんにせっかく用意してもらったので心苦しくて」
「仕方ないですよ。こんな事故起こって、それどころじゃないでしょ」
口数の少ない村井が言った。
「そうですよね……。平林さん、どうします?」
腕を組んだまま、珍しく沈黙していた平林が口を開いた。
「イベントは中止だ。すぐ動いたほうがいい。遅くなればなるほど参加者に迷惑かけるだろうからね。田中、山田、それから中村は、店の人たちとステージの参加者に至急連絡してくれ。キッチンカーのほうは、補償問題が出るかもしれないので、今日の経費を算出しておいてもらって。その場合、後日精算になる旨も伝えて。ステージの参加者には丁重にお詫びを。来場者にもイベント中止の旨を伝えて、帰ってもらってくれ。ロータリーではこの後、事故処理もあるし、警察の実況見分もあるかもしれないから。じゃ、行ってくれ」
「はい」
3人が出て行った後、平林は、残った降籏と村井に
「で、列車のほうなんだけど……」
と、それまでとトーンを変えて言った。
「やっぱり、ラストランも中止ですよね?」
降籏が困惑の表情を浮かべる。
「うーん。駅には破損箇所とかはないんだよな?」
「ないです」
村井が答える。
「だとしたら、列車は走らせられるよな……」
「えっ」
「俺らの使命は、列車を走らせることだ。乗客に危害が及ばない限り、列車が問題なく動く限り、走らせなきゃいけないんだ。今日がラストランとか、そんなこと、関係なく、な」
「じゃ、ラストランの特別列車も走らせる、ということですか?」
「そこなんだよ。それは、通常運行させようと思う」
「えっ。全席指定にした、あの特別列車ということではなく?」
「そうだ」
「座席を購入した人たちには……」
「イベントと同じで、中止の旨を伝えようと思う」
「そうですか……」
「ただ、これは俺の意見だ。一応、上にも聞いてみないといけない。中止となると、払い戻しが発生するからな。それも莫大な」
「今はまだ、14時前ですし、今からいろいろあったとしても、ラストランの20時半までにはなんとかなるんじゃないですか?」
「今、意識不明の人が、もし亡くなっても、か?」
「……あ」
「だろ? 俺らが人集めたイベントで、人が亡くなって、それでも、お前、何事もなかったかのように続けられるか? 自分の嫁さんだとしても、それ、許せるか?」
「……やっぱり、お祭りのラストランは中止だ。普通に、いつものように、最終列車を走らせる。それだけだ」
「でもそうすると、葬式鉄は……。結局、対策にならないですね」
「そんなこと言ってらんないよ。やるしかないんだよ。安全運行を妨げる輩は徹底的に排除するんだ。鉄道員のプライドをかけて」
「矜持を示してやろうじゃないですか」
平林の覚悟に村井が共鳴する。降籏は、頷くしかなかった。
【第四十八話へ続く】
(作:大日向峰歩)
*編集後記* by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟
大日向峰歩作『潮時』第四十七話、いかがでしたでしょう。テロリストの仕業と言われる惨状を引き起こした満男。重症者が助かることを祈りつつ、多大な損害を覚悟してイベントを中止する久代駅・東鉄の面々。しかし、列車だけは走らせる、と。久代線の潮はどのように引いていくのか、次回もどうぞお楽しみに。
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