ウシ〜ウシの家畜化とヒグマの進化

ウシといえば日本人の多くは家畜のウシを思い浮かべるだろう。牛乳や食肉として毎日のようにお世話になっているし、しかも野生のウシを見たことがないからなおさらである。家畜のウシは哺乳綱鯨偶蹄目ウシ科ウシ属オーロックスを家畜化した種である。オーロックスは1627年にポーランドにいた最後の一頭が死んで絶滅した。

フランス南部にあるラスコー洞窟の壁画にはこのオーロックスが描かれている。今から2万年前の昔から人々は牛肉を食べていた証拠だろう。さらに先人たちはこのオーロックスの中からとりわけおとなしく、従順な個体を選抜して、現在家畜として飼っているウシへと品種改良を行ってきたのである。

すべての野生動物を家畜化することはできない。家畜化に適した動物の条件として、穏やかな性格、早い成長、人が食べない物を食べる、管理下での繁殖能力、群れの形成などが挙げられる。これらの条件の一つでも欠けると、たちまち家畜化が困難となる。いくらその肉が旨くても人を襲うような動物は家畜として失格である。ウシはこれらすべての条件がそろったレアケースであり、人類にとってウシの家畜化は今の繁栄の基礎となった可能性が高い。

ウシは人が食べない草を食べて成長する。つまり、人は間接的に草を食用可能な資源に変換させることに成功した。それまで野生のオーロックスを狩って食べていた人類はオーロックスを手懐けて、草を食べさせて、大きくなったオーロックスを食べるといった食糧増産事業に成功したのである。しかし草だけでよくもまあ、あれだけ大きくなれるものだと感心してしまう。

ウシは一度飲み込んだ食物を再び口に戻す反芻をすることで有名である。この反芻によって人では消化することが出来ないセルロースを微生物の力で分解し、自身の栄養にすることができる。セルロースは栄養として吸収することができないほどつながった糖のかたまりなので、摂取可能な糖に分解するのである。糖は脂質にも変換されるため、基本的には糖分を摂取していれば脂質も生成可能である。

ところが、動物の体を構成するためには、もう一つタンパク質が必要である。タンパク質はアミノ酸が連なって構成されているため、栄養としてアミノ酸を摂取する必要があるのだが、必要なアミノ酸の種類全部を食べているわけではないことがわかっている。つまり、必要なアミノ酸がどこからともなく湧いてきているのである。実はその出所はウシの胃の中にいる細菌とバクテリアである。これらの微生物は胃内のアンモニアなどの無機態窒素を有機態窒素に変換することができ、それらの微生物を消化することでウシは必要なアミノ酸すべてを吸収することができているのである。まさに、強力粉、バター、水、塩、イーストなどをセットしておいたら次の日の朝にはパンが焼き上がっているホームベーカリーのような便利さである。ウシはホームベーカリーだったのだ。

さて、家畜化された動物は性格がおとなしいことから、しばしば野生の肉食獣に襲われる。2022年7月現在、北海道ではあるクマによって家畜ウシが襲われる被害が多数発生している。このクマは2019年から2021年の3年間で約60頭のウシを襲っている。北海道に住む一般的なヒグマは、体長2m前後、体重が200kgである。ところが、60頭のウシを襲うこのクマは体長が約3m、体重が300〜350kgと推定され、コードネーム「OSO18」(おそじゅうはち)と呼ばれている。OSO18による最初の被害が北海道標茶町のオソツベツであり、足跡の幅が18cm(通常10cm程度)あったことからこの名前が付いたらしい。

一般的なヒグマは一度襲った動物に執着し、ある程度食べた後は草むらなどに移動させて再び現れるのだが、このOSO18はウシを1回襲ったきりで、再びその現場に姿を現すことがなかった。地元の猟友会のメンバーからは猟奇的という言葉も飛び出すくらい異常なことらしい。また、OSO18の姿をとらえた映像は2019年以降無い。極端に警戒心が強く、直接その姿を見た者はその直後にこの世から消されてしまうのである。

OSO18は他のヒグマに比べて大型であり、警戒心が強い性格で3年間もハンターの追跡をかわし続けている。OSO18は夜間に行動し、警戒心が強く罠にはかからない。人間側の都合上、夜間の発砲は禁止されているのでハンターは全く役に立たないし、罠を仕掛けてもかからないので今のところお手上げ状態である。このOSO18は立派な成獣であり、子孫を残しているかもしれない。つまり、こういった性質が遺伝するとしたら北海道のヒグマはこのOSO18の子孫に置き換わってしまい、益々凶暴になる可能性も十分考えられる。

何年か先、あるいは何百年、何千年先にはもしかしたらOSO18の子孫が繁栄し、ヒグマから新しい種が誕生しているかもしれない。おそろしや。

OSO18をGoogle検索(最新情報)

(by ぐっちー)

※このエッセイ「妄想生き物紀行」は、ポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ第55回 ウシ」と関連した内容でお送りしています。ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。「妄想旅ラジオ」は、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組です、詳しい聴き方などは「妄想旅ラジオ」のブログを。

ぐっちー作「妄想生き物紀行」第55回「ウシ〜ウシの家畜化とヒグマの進化」いかがでしたでしょうか。

今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当・ホテル暴風雨オーナー雨こと斎藤雨梟です。

こんにちは!

ウシに始まりクマに終わった今回のお話。OSO18のことはまったく知らなかった私は、ええっ!? と椅子から乗り出してしまいました。エッセイ執筆当時「2019年以降姿を撮影されていない」OSO18でしたが、なんとつい4日ほど前に、3年ぶりに撮影されたという情報がニュースを賑わしているようです。今まさにホットな話題です。OSO18最新情報を検索すると止まらなくなること請け合いです。

Twiterでぐっちーさんと話そう企画

さて今回も、ぐっちーさんとみなさんと、Twitterでお話したいと思います。ウシについて、ウシ=ホームベーカリー説について、OSO18について、などなど何でもお話しましょう。参加方法はTwitterに書き込むだけ、なので初めての方も、ラジオお聴きのみなさまも、質問してみたい人はもちろんただお話してみたい人も、エッセイを読んでの感想、ぐっちーさんへの質問やツッコミなど、ぜひお気軽に。お待ちしています!

斎藤雨梟のTwitterアカウント @ukyo_an  にて

↓こんな感じで↓ツイートしますので、よろしければみなさまもツイートへ返信してご参加ください。

ぐっちーさんとお話ししたもようは、来週こちらのサイトでまとめてお伝えします。Twitterでいただいた質問やコメントは記事内でご紹介させていただくことがあります。どうぞよろしくお願いいたします。では、Twitterでお会いしましょう!

ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・詩・映画評など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内>