老化と介護と神経科学13「結晶性知能と手続き記憶」

前々回、結晶性知能と流動性知能という言葉を紹介した。
様々な年齢の人の知能検査の結果を比較すると、検査項目によって、高齢者の点数が明らかに悪い項目と、年齢によって差がない、あるいはむしろ高齢者の方が点数が良くなる項目がある。前者を「流動性知能」、後者を「結晶性知能」と呼ぶことを、ある心理学者が提唱し、最近は高齢者のケアや認知症との関連で注目されることが多い。

では、高齢になっても向上する、結晶性知能とは一体なんなのか、教科書の説明はどうもわかりにくい。

「歴史上の出来事やその起こった年を知っているといった、過去の学習・経験によって形成された知識や判断力、習慣による問題解決と関連の深い能力」(朝倉心理学講座15高齢者心理学6章)

けっきょく知識なのか、知識じゃないのか、よくわからない。知識と判断力を合わせたら、それは知能(知性)の全てではないだろうか。
よくわからないなりに自分で考えて、前々回のこのコーナーでは、『よく考えたらこれは「おばちゃんの知恵」ということではないだろうか』とまとめたのだが、高齢者で発達している知能を「おばちゃんの知恵」というのは、単なる言葉のすり替えである。

ところが最近になって、別件を考えているときに、はたと気がついた。結晶性知能とは、手続き記憶のことではないか。

手続き記憶、あるいはスキル、ハビット(癖)と呼ばれることもある。物事の「やり方」の記憶。よく例として出されるのは、ピアノの弾き方や自転車の乗り方など、体を使った「技」のことが多いので、手続き記憶といえば運動の記憶と思われることが多いが、じつは認知的なスキルも含む。

教科書にも載っている有名な実験(*)として、次のようなものがある。

被験者は、簡単な天気予想ゲームを行う(図)。

コンピュータの画面に4枚のカードのうち1〜3枚が現れるので、そのカードにもとづいて「晴」か「雨」かを予想するゲームだ。それぞれのカードによって、晴れの確率が決まっている。例えば、丸のカードなら75%、三角なら57%、四角は43%、ダイヤは25%など。

このゲームのややこしいところは、カードが1枚だけでなく、組み合わせで表示される場合があることである。たとえば、丸とダイヤが一緒に出てきたら、晴れの確率は50%、丸と三角なら66%である。
ほとんどの人は、何十回このゲームをやっても、ルールが理解できない。にもかかわらず、ほとんどの人は、次第に高い確率で天気を当てられるようになる。
さらに面白いのは、健忘症の人でも、健常者と同じくらいうまくこのゲームができることだ。おそらくは5分もすればこのゲームをやったことすら忘れてしまうような重症の健忘症(amnesia)の患者さんが、このややこしいゲームの解き方を覚えられるというのだから不思議なものである。

この研究で対象にしたのは、脳の「海馬」という部分に損傷を受けた患者さんたちだが、高齢者の認知症でも、海馬の萎縮が問題とされることが多いから、同じようなことがあっても不思議はない。
経験によって無意識のうちに学んだ問題解決のスキル。それが結晶性知能の一つの大きな要素だろう(**)。


*図:Kandel他編集 Principles of Neural Science McGraw Hill. 原著論文:Knowlton et al., Science, 1996

**もちろん、昔覚えた物事の記憶というのも重要な要素だろう。海馬損傷による健忘症では、新しい記憶の獲得や、数年前までの比較的最近の記憶の再生はできなくなるが、数年以上前の記憶の再生には問題は起こらない。老人が、昔のことを驚くほどよく覚えているというのは、多くの人が経験的に知っていることである。

(by みやち)

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