老化と介護と神経科学28「発達段階と老化段階(6)」

高齢になって、身体能力や認知能力の低下が進行し、生活の中でトラブルが起こるようになると、周囲から行動を制限されるようになる。
本人の意識としては、それまでいつもやっていた当たり前のことを、それまでどおりに自由にやっているだけなのに、急にいろいろな人から(とくに自分の子供から)怒られ、行動を制限される。

「転ぶと危ないから、一人で出かけないでください」
「なんでこんなものを買ってくるの」
「まんじゅうなんか食べたら、血糖値が上がるだろ」
好きなところへ行き、好きなものを買い、好きなものを食べることが、そんなに悪いことなのか。

これは、幼児後期(遊戯期)の自発性対罪悪感の葛藤に類似のものに見える。
よちよち歩きを卒業し、自由に走り回ることができるようになった子供は、何か素晴らしいもの、好きなものを見つけると、一目散に走りだす。途端に腕を掴まれ、怒られる。場合によっては「飛び出したら危ないでしょ」「左右をよく見なさい」etc.と、お説教が続くこともある。

素敵なものに向かって走り出すのは「悪い」ことなのだ。

3歳児4歳児に、交通事故の危険だの運転者の死角だのを(大人と同じレベルで)理解するのは無理である。そこで、自分の目的へ向かって進もうとする自発性と、親に怒られるという罪悪感の間に葛藤が起きる。

それは、認知能力にやや問題の出はじめた高齢者にとっても同じことだ。
うちの母の場合、大きな問題の一つは買い物だった。特にテレビのショッピング番組。
ぽっこりお腹を引き締めるサポーター、電気刺激で筋トレをする機械、高機能の電子レンジ、その他健康食品は数知れず。
お腹を締め付ける衣服は看護師さんから止められているし、複雑な機械類は使いこなせないのが明らかだ。健康食品は効果が怪しげだし、買ったまま飲み忘れていることが多い。
夜中に目を覚まし、テレビをつけると、通販番組をやっている。司会者が商品を見せ、ゲストと一緒に、その商品がどんなに素晴らしいかを力説する。あの話術は大したものだ。そして、母は感激して画面に表示された番号に電話をかけ、注文してしまうわけである。

幸いなことに、ほとんどの場合、母は注文しただけで満足してしまい、商品が到着する頃には自分が何を注文したか忘れてしまっていた。なので、私は母がそういう無駄な買い物をしたことを怒らないようにした。私が行った時に、積まれた宅急便の箱を母に見せ、「これ何? 覚えてない? なら、僕が送り返しておくよ」と言って、解約手続きを取り、返送するのが常であった。
ヘルパーさん、訪問看護師さん、ケアマネさんにも協力してもらい、通販の荷物が届いたら、私に連絡してもらった。
ほとんどの通販会社は、「高齢の母が注文したんですけど・・・」と言うとすぐにキャンセルに応じた。キャンセルできないと言い張ったのは1社だけだった。その時は私から「クーリングオフがあるでしょう」と言ってキャンセルに応じさせた。

もっと大きな買い物をしようとしたこともある。裏の家が取り壊され、土地が売りに出た。母は、その土地を買いたいと言い出した。「うちの庭は日当たりが悪いから、そこを庭にして花を育てる」(!)ということだった。
もちろん、そんなことをすれば生活が破綻するのだが、そういう先の見通しは立たないのだ。私との間で「買う」「買わない」の押し問答を続けているうちに、問題の土地は売れてしまった。

母の、いささか抑制を欠いた自発性のおかげで、周囲は面倒な思いをしたわけだが、考えてみると、老いてまだこれだけの自発性を発揮できるというのは大したものである。様々なものに興味を持って、突き進む。
本人の精神衛生を考えれば「これをしてはダメ、それをやってはいけない」という罪悪感に囚われることなく、自発的に行動する意思が持てるのは、良いことなのだろう。家族や周囲は大変疲れるが、それが永遠に続くわけではない。

昨年介護施設に入ってからも、母は欲しいものがあると、テレビショッピングに注文をしたり、私に買ってくれと電話してきたが、それも最近は頻度が減ってきた。母の「買い物期」はそろそろ終わりのようである。

(by みやち)

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