老化と介護と神経科学14 私の「認知症」体験(2)物忘れ

物忘れ。自分で書いておいて、こんなことを言うのもなんなのだが、嫌な話題である。
なんでこんな話題にしたかと言うと、今年に入って自分に「これが物忘れというやつか?」と思うエピソードが3回もあったからである。

概略は、以下のとおり。

エピソード1。
研究室のミーティングで、情報交換用ブログの話をしていたときのこと。私「僕はあれ使ったことないから、パスワードとかも忘れちゃったよ。」 若手教員「先生、去年書き込んでたじゃないですか。」周りの皆、驚いたようにこちらを見る。(驚くなっちゅうの。)

エピソード2。
セミナーについての会話。私「今度のセミナーは、〇〇先生の発表だっけ?」 若手「〇〇先生は先週発表したじゃないですか。大丈夫ですか?」(「大丈夫ですか」だけ余計じゃ。)

エピソード3。
ある学生の手にひどいかぶれがあるのを見て、私「あれ。それどうしたの?」 学生(戸惑った顔で)「先生、忘年会の時も同じこと聞きましたよ。」(戸惑うな!)

一応言い訳を書いておくと、
1については、書き込んだ内容はちゃんと覚えていた。ブログに書くか、メーリングリストで送るか迷って、メーリングリストを使ったと記憶していたのだが、ブログを使ったようだ。
2は、言われてすぐに〇〇先生の発表内容を思い出したから、問題なし。
3は、忘年会で酔っ払っていたときの会話だから、忘れても仕方ないのである。

人は誰でも物を忘れる。忘れなければ大変なことになる。今朝駅ですれ違ったすべての人の顔、たまたま耳に入ったすべての言葉、そんなものを全て覚えていたら、気が狂うのではないだろうか。幸いなことに我々は、自分にとって無意味なことはほとんど全てを忘れる。

残念なことに我々は、自分にとって意味のあることすら、しばしば忘れてしまう。だが、そう言うのをすべて「物忘れ」と呼ぶかと言うと、そんなこともない。小学校のクラスに、しょっちゅう宿題を忘れてくる子がいても、そう言うのを「物忘れ」とは言わない。また、人の名前を覚えるのが苦手な人(私も昔からそうだった)も世の中には沢山いるが、そういうのも「物忘れ」とは言わない。
概ね50歳代以上の人が、若い人なら(あるいは自分の若い時なら)忘れないようなことを忘れると、「物忘れ」と呼ばれるのである。

人間の記憶力は、年齢と共に低下する。これは厳然とした客観的事実である。
誰もそういう加齢変化からは逃れられない。もちろん私も。だが、幸い急激な変化ではないので、いろいろと対応することができる。予定は手帳に書き込むし、仕事で大事なことは複数の関係者にメールする。

家庭内でも、いろいろなことを忘れる。しかし、同年輩の妻と暮らしていると、お互い忘れるのが当たり前になっているので、相手が少々何かを忘れていても、ちっとも驚かないのである。「あれ、どこに置いたっけ?」「どこだっけねえ。」それで終わりだ。

忘れること自体は、たいしてショックではない。自分が忘れたことを他の人に驚かれるのがショックなのである。自分で体験してみると、このことが非常によくわかる。
これからは、老人が何かを忘れていても、同じ話を繰り返しても、決して驚いた顔は見せないようにしよう、と心に誓う今日この頃である。

(by みやち)

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