老化と介護と神経科学16「客観的な健康と主観的な幸福」

前回、最後に客観的事実と主観的体験のことについて書いたが、介護についても、客観と主観のバランスが重要なのではないかと思う。

幸福な老後を送るには、やはり心身の健康が大切だろう。歩行をはじめとする身体能力、内臓機能、そして認知機能。そのような心身の健康を維持・増進するためには、健康診断、検査などで得られた客観的データに基づいて対応する必要がある。
だが、客観的な健康の増進は、手段であって最終目標ではない。健康を増進することによって、主観的な幸福度を上げるのが、最終的な目標だろう。
健康ばかりではない。経済的なゆとりも、幸福な老後には大切だろう。だが、金があればあるほど幸福になるわけではないことは、周知の事実だ。

経済にまで話を広げると複雑になりすぎるので、話題を健康に戻そう。
私の父は酒飲みだった。若いときに肝臓を患った直後は禁酒したらしいが、また飲み始めた。歳をとって、また肝臓の数値が悪くなり始め、医者から「酒を控えなさい」「休肝日を作りなさい」と言われ続けたらしいが、本人はどこ吹く風。ほぼ1日も休まず飲み続けた。私も、どうせ言ったって頑固な父が聞くわけがないと思って放っておいた。

だが、80歳近くなって肝臓がんが見つかり、手術を受けた後はさすがに私も酒を控えるよううるさく言うようになった。その結果、私と一緒の時だけは控えるようになった。まあ予想通りの結果だ。こんなことではすぐにまた肝臓が悪くなるだろうと心配していたが、そんなこともなく、数年はピンピンして、(私のいないところで)大いに飲んでいたようだ。
結局最後は別の場所のがんで亡くなった。ただし、肝臓由来のがん細胞だったそうだ。

父が医者の言うことを聞いて酒を控えたら、健康で長生きして幸福な老後を送れただろうか。多量の飲酒は、がんをはじめとする肝臓疾患のリスクファクターだ。酒量を減らせば、肝臓がんになる確率が下がる。これは医学的事実だ。
だが、医学は幸福については何も教えてくれない。
私の唯一の心残りは、最後の数年間、父と心ゆくまで飲む機会を持てなかったことである。
がんは味覚を変化させるようだ。病院で余命を告げられた後、私が買って行った伏見の吟醸酒に、父は一口口をつけただけだった。

(by みやち)

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