心・脳・機械(8)物忘れと前頭前野

先週はお休みしてしまって、申し訳ありませんでした。
たった1回休んだだけ(なんて言うとオーナーに叱られそうだけど)なのに、もう随分長いこと書いてないような気がする。忙しかったせいか、あるいは記憶力の問題だろうか。前の話には続きがある予定だったのだが、どういうふうに書こうとしていたか忘れてしまったので、今日は新しい話題。

よく年上の人たちが言っていたが、50歳を過ぎると、確かに物忘れすることが多くなったという実感がある。よくあるのが、何かをしようと隣の部屋に行って、何をするのか思い出せないと言うパターンだ。そういう経験が多くなって、昔知り合いの研究者が書いた論文をしみじみと思い出すようになった。

彼は、サルを使って前頭前野の神経活動を調べる生理学者だった。ちょっと専門的になるけど、彼が2000年に発表した論文を紹介する。
この論文では、図のような課題をサルが行っている間の前頭前野の神経細胞の活動を調べている。前頭前野というのは、サルやヒトでよく発達していて、行動判断に重要な皮質領域である。

コンピュータの画面上に、3つの四角い枠が描かれている。そのうちの一つの中に、丸か三角(Sample cue)が1秒間提示されて、消える。3秒後に、今度は丸(または三角)3つ、または丸と三角のペアが提示される(Choice cue)。
しばらくして画面の色が変わる(Go)と、サルは解答を許され、正解すればジュースがもらえる。

Choice cueが丸3つだったら、Location matchルールで、Sample cueと同じ位置にタッチすれば正解。Choice cueが丸と三角のペアだったら、Shape matchルールで、Choice cueと同じ形が正解。
この課題では、「何の目的で」(形を選ぶため、または位置を選ぶため)「何をするのか」(上、右、左のどれをタッチするのか)を切り分けることができる。

この課題実行中の前頭前野の神経細胞の活動を調べると、3つのタイプに分けられることがわかった。

1)Sampleの形や位置を反映した活動(「記憶」活動)。
2)Choice cueの配置(丸または三角3つか、丸と三角のペアか)を反映した活動。言い換えれば、形を選ぶか位置を選ぶかという「目的」を表す活動だ。
3)どのターゲットにタッチするのか(「行為」)を反映した活動。

下の図は、それぞれのタイプの神経活動の時間経過を表している。Sample cueが提示されると、その形や位置を反映する神経細胞の活動が、Sampleの消えた後のdelay期間中にも続く(記憶)。
Choice cueが提示されると、「目的」細胞が活動する。そのすぐ後に「行為」細胞の活動が始まり、サルが実際にターゲットにタッチする(Reach)まで続く。
面白いのは、一旦「行為」細胞が活動を始めると、実際に行動を起こす前に「目的」細胞の活動が消えてしまうことである。前頭前野は、不必要な情報はいつまでも持っておかないのである。

読みかけの本が寝室にあったのを思い出すのが「記憶」細胞の仕事。本を取りに行こうと決めるのが「目的」細胞の仕事。寝室に歩いて行こうとするのが「行為」細胞の仕事だと考えると、寝室に来たときにはもう何のために来たのかを忘れていても当然なのである。えへん。

中高年の皆さん。生活の中で「あれ、私何しにきたんだっけ」なんてことがあっても、前頭前野の性質上、当然のことなのだと胸を張っていましょう。側頭葉が働けば思い出せるはず、なんてことは忘れておきましょう。

(by みやち)

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