【 マリアージュ 】
ガイドブックでちゃんと読んでいたはずだったが、うっかりしていた。
「アン・カフェ・スィル・ヴ・プレ」とオーダーして、運ばれてきたのはデミタスカップに入ったエスプレッソだった。
「うわっ、そうか。こっちじゃこれがコーヒーなんだ」
まさに、ところ変われば品変わる。ままごとのように小さなデミタスカップで繊細な泡を立てている(いかにも濃厚そうな)エスプレッソと、迫力満点でドーンと皿からはみ出しているオットドッグを見比べて、ちょっとあぜんとした。とても「いい組み合わせ」とは思えないのだが、こっちじゃこれが定番なんだろう。「多少お値段が高くなっても、次はアメリカンコーヒーか、カフェオレにしよう」と決意した。テーブル上に置かれた(ハガキサイズほどの)小さな木の板メニューを改めて見ると、幸いというか、アメリカンコーヒーもカフェオレもちゃんとある。コーヒー10フラン(¥200)に対し、アメリカンコーヒー11フラン(¥220)、カフェオレ13フラン(¥260)。なるほど。
(余談)
皮肉を言うつもりはないのだが、「マリアージュ」という綺麗な発音のフランス語が意味する話を読んだことがある。(たぶん)中学生時代に夢中になって読んでいた「アルセーヌ・ルパン」全集に出てきた言葉のように記憶している。
元々は全く別の存在だった2つのものが出会うことにより、あたかもひとつの存在のように溶け合い、調和している状態を、フランス語では(詩的に)「マリアージュ」と表現するのだそうだ。料理の種類により「もっとも適したワイン」がその好例として挙げられる。また結婚式の祝辞にもしばしば使われるそうだ。
「……で、マリアージュという素敵な言葉を生み出したフランス人としては、この組み合わせはどうなんだろう」と思ったのだが、とにかくゴチャゴチャ言ってないで食べるしかない。水と一緒に喉に流しこんでしまおうかと思ったが、そもそもテーブル上に水はない。こっちの喫茶店では「席に座るとまず水が出て」なんてサービスはありえない。先ほど見たメニューにはミネラルウォーターがあった。それを追加注文するかどうかちょっと悩んでしまったが、オットドッグを食べながら決めることにした。

さてオットドッグ。50cmほどのフランスパンにレタスとチーズとウィンナーがはさまっている。半分に切ることさえしない。
「このままかじれというのか」と思いつつしげしげと見る。さすがにチーズの量がすごい。溶けたチーズがフランスパンの切れ目から溢れ出るようにして塗りたくってある。こっちではたぶんスライスチーズなんて上品なチーズはないのだろう。鏡餅ほどのでかいチーズをまな板の上でガシガシとスライスし、フランスパンの間に挟んで業務用のオーブンにぽんと放りこんだ、てな感じだ。
結局、水なしでこのオットドッグをゆっくりとかじり、デミタスカップの苦いコーヒーをすすった。空腹ゆえに、かなり満足した。まさに「習うより慣れろ」気分。
【 ハイネケン 】
はじめて外国旅行を(単独で)した日本人というのは、こういう気分なんだろうか。それとも私が(度重なるトラブルで)警戒しすぎなんだろうか。アーミージャケットのポケットに両手を突っこみ、いかにものんびり散歩風情で歩きつつ、心中は警戒心で充満していた。今となってはもう笑い話だが、この時の私はこの異国に到着した夜に、いきなり娼婦に袖を引っぱられているのだ。昼間とはいえ、リラックスなどできるはずがなかった。「……まあ、徐々に慣れるさ」と思うよりほかなかった。
さてバスチーユ広場からホテルに戻る途中で様々な店に寄り、あれこれ買った。
・ティッシュペーパー1箱:8フラン(¥160)
・ミルク(1リットル):12フラン(¥240)
・ミネラルウォーター(1リットル):7フラン(¥140)
・チーズ(200グラム):11フラン(¥220)
・夕食用ピザ:15フラン(¥300)
・夕食用中華惣菜:15フラン(¥300)
・ぶどう:35フラン(¥700)
・朝食用クロワッサン(6個):20フラン(¥400)
ビールを見つけた。ハイネケンのみ。しかしなにはともあれ缶ビールだ。やっと手に入れた。
・ハイネケン缶ビール(350cc)6缶セット:60フラン(¥1200)
ハイネケンはドイツのビールだと思っている人が多いが、オランダのビールである。缶のパッケージデザインが毎年のように(猫の目のように)変化する日本の缶ビールとは違い、コカコーラのロゴのように不動のデザインだ。なので、ある食料品店のクーラーにハイネケンが並んでいるのを見つけたときは「あった!」てな感じで即座にハイネケンとわかり、本当に嬉しかった。缶ビールの発見ごときでこれほど嬉しく思うのも、日本じゃまずありえない。
なんやかやで、冬を迎えるリスのようにたくさん食料を買いこみ、大満足でホテルに戻った。昼過ぎだったがシャワーをあびた。シャワーの温水をこれほどありがたく思ったことはなかった。ようやく心からリラックスし、ピザをつまみにハイネケンを飲んだ。2缶を空にした時点で猛烈な睡魔を感じ、ベッドにもぐりこんだ。
【 つづく 】

