【善財くんがゆく!】第六話 善財くん、街を出る

翌朝。

ダニヤーカラの街は、まだ薄い朝霧の中にあった。

市場の店は閉まったまま。
通りを歩く人影もまばらで、
遠くから荷車の軋む音がかすかに聞こえてくる。

街の南門の前に、ひとりの少年が立っていた。

善財である。

背には小さな旅の荷。
父が用意してくれた食料と、母が持たせてくれた水袋。

門の向こうには、南へ続く街道がまっすぐ伸びている。

その先に――
可楽国、そして妙峰山がある。

善財は一度だけ、街のほうを振り返った。

(いよいよだ)

胸の奥が、静かに高鳴る。

そのときだった。

「やっぱり来てたか」

後ろから声がした。

振り向くと、そこに立っていたのは――
善誓と善賢だった。

善財は少し驚いた顔をした。

「なんだ。二人とも」

善誓は肩をすくめる。

「なんだ、じゃないだろ」

善誓は善財の背中の荷物を指でつついた。

「ほんとオマエはさ」

善誓は頭をかいた。

「人の話を聞くと、すぐ燃えるよな」

善財は笑った。

「そんな顔してたか?」

「してた」

善誓は肩をすくめた。

その横で、善賢が腕を組んだまま言った。

「……呆れた」

善財が目を向ける。

善賢は眉を上げた。

「昨日説法を聞いたばかりで、もう旅に出るなんて」

善誓が言う。

「おい善賢」

「言うわよ」

善賢は善財をまっすぐ見た。

「善知識を訪ねる旅なんて、世間知らずの貴方が思っているほど簡単なものじゃないわ」

「街の外に出れば、もうダニヤーカラの常識は通じない。
盗賊だっているし、野獣だっている。
宿もない荒野を歩くことだってある」

少し間を置いて、善賢は続けた。

「護衛も連れずに一人で旅をするなんて――
下手をすれば、途中で死ぬかもしれないのよ」

善財は静かにうなずいた。

「わかってる」

善賢はしばらく黙っていた。

それから、小さく息をついた。

「……でも」

少しだけ口元をゆるめる。

「それでも行くっていうなら、止めない」

善財は笑った。

善誓が言う。

「まあ、オレたちが止めても行くんだろ?」

「もちろん」

善財は胸を張った。

善誓は苦笑した。

「ほんと、オマエは変わらないな」

善賢は善財を見つめて言った。

「ひとつだけ覚えておきなさい」

善財は顔を上げる。

「善知識を訪ねる旅っていうのは――」

少し間を置いた。

「教えを聞く旅じゃない」

善財は黙って聞いている。

善賢は言った。

「自分を試される旅よ」

善財は、ふっと笑った。

「なるほど」

善誓が言う。

「ほらな。もうその顔だ」

善財は二人を見た。

「ありがとう」

そして門の外を指した。

「じゃあ、行ってくる」

善誓は片手を上げた。

「死ぬなよ」

善賢は言った。

「ちゃんと学んで帰ってきなさい」

善財はうなずいた。

そして――

南へ続く道へ、最初の一歩を踏み出した。

善財はふと足を止め、振り返った。

南門の前に、善誓と善賢が並んで立っていた。

善誓は相変わらず気楽そうな顔で手を振っている。
善賢は腕を組んだまま、じっとこちらを見ていた。

善財は二人に向かって、もう一度だけ手を上げた。

それから前を向き、再び歩き出した。

南へ――

妙峰山の修行者、徳雲に会うために。

こうして善財の旅は始まった。

その一歩が、すべての始まりだった。


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