【 タイガー魔談/第5話 】タイガーランド

【 異常な世界に送りこむための、異常な訓練 】

タイガーランド。
一見、「トラがいっぱい放し飼いのサファリパーク」みたいな感じのタイトルだ。しかし全然違う。ベトナム戦争映画(2000年/アメリカ)である。

まあ端的に評して「異常な世界(ベトナム戦線)に送りこむための、異常な訓練現場」をイヤと言うほど見せられる映画だ。ベトナム戦争映画でありながらベトナムのシーンは全く出てこない。最初から最後までタイガーランド(ベトナム戦場を想定した訓練フィールド)で繰り広げられるシゴキ物語である。地味で、重くて、後味もよくない。彼女を誘って行くような映画では絶対にない。

「おいおい、そんな映画を紹介するなよ」という声が聞こえてきそうだが……。
確かに「娯楽」という一般的な映画に対する期待からはほど遠い。しかし私はこの暗く重い戦場訓練現場映画の随所に魅かれる。そこには「戦争やって(色々と困難はあったけど)とにかく勝ちました! 英雄はこんな活躍をしました!」みたいな従来のアメリカ的(ハリウッド的)戦争映画とは全く異なる屈折した空気が全編に流れている。私のような屈折した男はそこに魅かれるのかもしれない。

✻ ✻ ✻

さて映画「フルメタルジャケット」や「フォレストガンプ」でも、アメリカにおける入隊直後の訓練シーンが出てくる。
限られた期間に普通の人間を有能な兵士として鍛え上げ、戦場に送りこむためには、どのような訓練をすれば最も効果的なのか。国により民族により、あるいは宗教によってその方針は違うのだろうが、教室に集合させ兵士の心得を丁寧に説明したところで、強靭な兵士になるはずがない。やはり野外に整列させ、次に肉体的に過酷な訓練をさせなければならない。

それはよくわかるのだが、「お前らは人間以下!虫ケラ同然!」といった罵倒をする。しかも直立不動の訓練兵の顔面に唾を飛ばすぐらいの至近距離で怒鳴る。これはいったいどういう効果を発揮するのだろう。徹底的にその人格、その尊厳を踏みにじることで「個人的な意見など持つな」ということなのだろうか。

【 戦車兵に記憶はいらない 】

あるシーンが思い出される。タイガー魔談第2話で語った映画「ホワイトタイガー」(2012年/ロシア)の1シーンだ。
戦車対戦車の激戦により戦車内部で大火傷を負いながら奇跡的に回復した戦車兵ナイジャーノフは、上官数人の前に引き出されて椅子に座っている。上官たちはこの兵士が全身90%の火傷を負ったと聞いている。通常は100%死ぬはずだが、この兵士はなぜか回復した。なにか特殊な回復能力を持っているに違いない。
「しかし記憶を失っています」とナイジャーノフの付き添い兵が報告する。
すると上官のひとりは平然として言う。
「かまわない。戦車兵として復帰させろ。戦車兵に記憶はいらない」

人間が人間を殺しに行く。こうした最悪の戦場に人間を送り出すためには、送り出す時点で人間であってはダメなのだ。ターミネーターのように眉毛ひとつ動かさず大量に人殺しをするのが理想的な兵士であり、「お前らはその道を選んだのだから、人間を捨てろ。いますぐ捨てろ!」というのが顔面罵倒の効果なのかもしれない。

【 アメリカならではの自嘲映画 】

しかし「祖国のために」あるいは「平和のために」と信じて入隊し、過酷な訓練にも耐えようとしている人間が、中にはいるかもしれない。レマルクの反戦小説「西部戦線異常なし」(1929年ドイツ/白黒映画もある)にはいたるところに「そうした人間でありたい。そうした人間として戦場にいたい。しかしそういう人間は本当にいるのか」といったボイメル(主人公/18歳)の葛藤が出てくる。

ところが「タイガーランド」では、訓練に耐えている兵士たちの間に、そうした愛国心はもはやない。ベトナム戦争も「泥沼→末期」に近い状況(1971年)であり、「これはもうどうあがいたって、アメリカの負けだ」という敗北感がじわじわと兵士たちの間に蔓延している。そんな戦場に今から行って自分たちの命をさらして戦ったところで、「どうせ負け」といった虚無感がある。なんのための訓練か。なんのための派兵か。なんのための自分の命か。
「女も子供も油断するな!敵だと思ったヤツは全部殺せ!」と怒鳴る上官に対し、ひとりの訓練兵がつぶやく。
「それでソンミ村がああなったのですか?」

アメリカ映画の面白いところは、こうした「自嘲映画」をつくってしまうことだ。
この国は日本と違って、戦って戦って戦い抜いて今の地位を確保したのだと信じている。建国も独立戦争。その後も国内を二分する南北戦争。今後も戦って戦って戦い抜いて生き延びていくしかないのだという宿命を潜在的に信じているのかもしれない。

そうした宿命の疲労感が様々な挫折となってどっと出てくるとき、ガックリと片膝をついたアメリカは「挫折を知ったより魅力的な国」となるだろうか。あるいはそのまま一気に自爆の道を突き進むのだろうか。

✻ ✻ ✻ タイガーランド/完 ✻ ✻ ✻


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