しおり〔しをり〕【枝折(り)/栞】
1 紙・布・革などで作り、書物の間に挟んで目印とするもの。
2 簡単な手引書。案内書。「修学旅行の―」
3 山道などで、木の枝などを折って道しるべとすること。また、そのもの。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
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冷たい風がさあっと吹き、私は空を見上げた。濃いグレーの雨雲が、かなりの速さで流れている。中庭のベンチに屋根はない。図書館か学食へ移動した方が良さそうだ。
読んでいた文庫本を閉じようとして、栞がないことに気づいた。ちょうど真ん中へんなので、カバーの見返しを挟むのも具合が悪い。仕方がないので、レシートで代用することにする。いつもこうだ。栞って、どういうわけかすぐにどこかへ行ってしまう。
財布の中を探ったけれど、ドラッグストアのはクーポンがくっついていてやたらに長いし、スーパーのは幅が広すぎる。仕方なく、長いレシートを二つに折って挟もうとしたとき、そのページの上に影が落ちた。
「これ、あげます」
顔を上げると、知らない女子学生が立っていた。日陰の植物みたいな白い肌、どことなくあかぬけないロングの黒髪、微妙に流行遅れの眼鏡。文学少女、という言葉が浮かぶ。思いつめたような顔で彼女が差し出しているのは、一枚の紙片だった。大きさといい厚みといい、どう見ても栞だ。
「……ありがと」
私はお礼を言って受けとり、その感触にハッとした。滑らかで、吸い付くような湿っぽさ。半透明の緑色で、見た目は厚手のトレーシングペーパーのよう。よく見ると、葉脈のような繊細な模様がうっすらとあって、とても美しい。
さっそくページに挟んでみると、紙の谷間に「さくっ」と収まった。その感じがあまりにも気持ちよくて、抜いては差すことを数回繰り返した。ふしぎな栞だね、と言おうとして顔を上げると、文学少女は私の持っている本をビシッと指差した。
「それ、峯浦蒼風ですよね?」
「へえ、よく知ってるね」
驚いて見つめると、彼女はいきおいこんで話し出した。
「まだSFという言葉もない時代に書かれた、世界に誇るべき和製SF。しかも峯浦蒼風の場合、SFのSはサイエンスだけでなく、スペキュレイティブであり、ソーシャルでもあります。時間がねじれていたのではないかと思うほど、時代を先取りしすぎた天才です」
そこで喋り過ぎたことに気づいたのか、口をつぐんだ。その拗ねたような表情が可愛くて、私はクスリと吹き出した。
「峯浦蒼風を知ってる人に会えてうれしい。……私、経済学部一年の立石ミキ」
「文学部一年の、しおり……です」
消え入るような声だった。苗字は言いたくないのかな。あまり詮索するのはよくないような気がした。
その日から私たちは、一緒にお昼を食べるようになった。しおりはSFだけでなく、古今東西の物語に異常に詳しかった。彼女と一時間話すと、本を百冊読んだような気分になれた。私は講義ではなく、しおりの話を聞くために大学に行くようになった。
――――つづく
(by 芳納珪)